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反逆の狼煙2

「俺は少し英雄にでもなってくる。……すぐ戻る」


無線を切った瞬間、和泉の視界は激しいG(重力加速度)によって一瞬白く染まった。

本来なら指一本動かすことすら困難な重症。だが今、彼の機体はかつてないほどの異常な推力を叩き出し、夜の海面を滑るように飛翔していた。


背後から溢れ出ているのは、過剰なまでに跳ね上がったコアのエネルギーだ。それが光の粒子となり、まるで巨大な「羽」のように機体を包み込む。それだけではない。その光はコックピット内の和泉の身体をも淡く包み込み、引き裂かれていた傷を急速に癒やしていくのを、和泉は各種センサーの数値と、自らの神経に直接流れ込んでくる「熱」で確かに感じ取っていた。


『――私と君の仲間を信じろ』


先程脳内に響いたあの未知の鼓動が、和泉の心臓の鼓動と完全に同調している。

機体の手足が自分の手足になったかのような、恐ろしいほどの万能感。


「……さあ、ここからが本番だッ!」


和泉は咆哮と共に、無数の敵と、四国から中国地方へと続く巨大な架橋が入り交じる敵陣の真っ只中へと突っ込んだ。


視界を埋め尽くすのは、おびただしい数の機械の群れ。本州への侵攻ルートを確保するため進軍を始めていた数百万の敵機が、突如として飛来した一機のイレギュラーに反応し、一斉に迎撃のプラズマを放ってくる。


「遅いッ!」


和泉の機体は、あり得ない角度で弾幕の嵐をすり抜けた。

跳ね上がった出力に任せ、本来ならチャージ時間を要するレールガンを通常火器のように連射する。青白い閃光が中国地方へ雪崩れ込もうとしていた架橋に次々と着弾し、構造体を無残に歪ませた。進軍は強制的に停滞させられる。


さらに、架橋の周囲から至近距離まで肉薄してきた敵に対し、和泉は高出力のブレードを一閃させた。レールガンの轟音と、敵を焼き切る閃光。爆発の連鎖が海面を照らし出す。


たった一機で展開される、凄絶な無双。和泉というイレギュラーが振るう規格外の力に、数百万という敵の群れの「論理」がバグを起こし始めた。


(……来たか)


和泉の口角が吊り上がる。

四国から進行しようとしていた敵の先鋒、そしてすでに海を渡りかけていた群れが、ピタリと完全に進軍を止めたのだ。


そしてあろうことか、敵の群れは中国地方への侵攻を完全に放棄し、四国方面へと一斉に撤退を始めた。それが敵のネットワークにおいて何を意味するのか、和泉にもわからない。単なる脅威判定のバグか、あるいは別の意図があるのか。


だが、敵の波が完全に退いていくのを確認した和泉は、極限の操縦でふらつく機体を強引に反転させた。


数分後。

絶対座標の陣地へと舞い降りた機体には、死地から逃げ延びたような惨めさは微塵もなかった。幾百万の絶望を単騎で退けてなお、その着陸は静かで、揺るぎない威容を保っている。

どれほどの限界を迎えていようと、部下たちが仰ぎ見る「中隊長」としての背中を崩すことはない。それが、和泉という男の矜持だった。


先程までの光り輝く「羽」こそ消え去っていたが、確かな風格を放つその姿。ただ一つ異様だったのは、通常であれば灰色の装甲であるはずの機体が、今はどこか薄紫色に変色していたことだ。


コックピットの外部スピーカーから、和泉の落ち着いた声が響いた。


「……橋は落とせなかったが、あいつら、四国へ退いていったぞ」


外部モニター越しに、源田たちは言葉を失って和泉の機体を見つめていた。

数時間前、歩くことすら奇跡のような重症で横たわっていたはずの男。それなのに、あり得ない精度で遠距離を撃ち抜き、四国の地獄へ一人で行って、あの大群を撤退させて堂々と帰還したのだ。


「中隊長……あんた、本当に人間なのか?」


味方すら畏怖を抱く源田の問いに対し、和泉ははぐらかすことなく、素直に答えた。


「頭の中で、声が聞こえたんだよ。……少し、休ませてもらう」


和泉の乗る薄紫色の機体は、源田たちを一瞥すると、そのまま臨時バンカーへ向かって歩みを進めた。背筋を伸ばし、堂々とした重厚な足取りで。


だが、臨時バンカーの入り口にたどり着いたその瞬間。

和泉の機体は、まるで操り糸が切れたかのように前のめりに派手にコケて、凄まじい地響きと共に倒れ伏した。


すべてを使い果たし、肉体と精神の限界をとうに超えていたのだ。気力を振り絞って繕っていた虚勢が解け、和泉はコックピットの中で深い泥のような眠りへと落ちていった。


和泉が深い疲弊の眠りへと沈んでいく中、背後の夜空では、四国へと撤退していく敵の赤黒い光が不気味に明滅していた。


そして、その光の群れの中に、異質な輝きが混じっていた。

奴が、まるで見つけたいわんばかりに、緑の目がじっとこちらを見ていた。

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