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反逆の狼煙

小島や伊達たち通常部隊を、そして生き残った民間人たちを乗せた艦隊の影が、完全に夜の海へと溶けた。

エンジンの低い駆動音すら聞こえなくなった時、和泉は操縦桿を強く握り直した。


もはや背中を守るべき対象はいない。退路もない。

文字通り「絶対座標」に取り残されたのは、和泉たち特務部隊のコア搭載機4機と、通常機4機。計8機の小隊だけだった。海風が吹き抜ける静寂は、これから訪れる圧倒的な暴力の前の、不気味な凪でしかなかった。


『――来ます! 九州方面より、無数の熱源接近!』


第2小隊長、源田の切羽詰まった声が無線に響くのと同時に、対岸の闇が不気味な白群色に染まった。

直後、空を埋め尽くすほどのプラズマ収束弾が、彼らの陣地目掛けて降り注ぐ。


「各機、回避行動! 通常機は下がりつつ援護と索敵を優先しろ!」


和泉の号令と共に、8機は即座に散開した。

だが、状況は最悪だった。敵の放つプラズマが着弾するたびに大地が沸騰し、巻き上がる噴煙と蒸気が視界を完全に奪っていく。さらに、極度の電磁撹乱によってレーダーはノイズの海と化し、通常機のセンサー群はほとんど機能不全に陥っていた。


和泉は必死に機体を操るが、敵の姿はプラズマの閃光と濃密な闇に隠れて捉えきれない。


(くそっ……! どこから撃ってきている……!)


全身に巻かれた包帯の下から、激痛が走る。本来ならベッドから起き上がることすら不可能な重傷の身だ。機体が急激な回避機動を取るたびに、傷口から鮮血が滲み、和泉の意識を白く飛ばそうとする。


その極限の混沌と苦痛の中で。

和泉の脳内に、彼と直結している「コア」そのものから、機械音ではない、意志を持った確かな「声」が響いた。


『――お前だけで守れる。私と君の仲間を信じろ』


幻聴ではない。それは和泉の神経系に直接触れるような、不思議な温もりを伴った鼓動だった。

和泉は一瞬だけ目を見開いたが、荒い息を吐き出しながら、口角をわずかに上げた。


「……信じるさ。それしかねえんだ」


和泉は、メインモニターから目を逸らし、視覚を遮断した。

傷だらけの肉体をシートに沈め、機体を通じて伝わる「感覚」のすべてを、胸の奥で脈打つ未知のコアへと委ねる。


すると、どうだ。

ノイズだらけのモニターには映らないはずの「敵の気配」が、和泉の閉じた瞼の裏に、冷たい光点として次々と浮かび上がってきたのだ。硝煙の向こう側、はるか遠方の海上に潜む、長距離砲撃型の伏兵たちの位置が、手に取るようにわかる。


「そこだッ!」


和泉は目を見開き、レールガンを構えると同時に引き金を引いた。

青白い閃光が夜の帳を切り裂く。

一発、また一発。見えないはずの伏兵のコアを、和泉の放った弾丸が文字通り「吸い込まれるように」次々と貫き、闇の奥で巨大な爆発の花を咲かせていく。


『なっ……!? 中隊長、今の一体どうやって……!』


源田たちが驚愕の声を上げる。

味方から見れば、重傷を負い、視界もレーダーも死んでいる状態の和泉が、あり得ない精度で遠距離の敵を百発百中で撃ち抜いているのだ。それはもはや、人間の技を逸脱した「現象」だった。


だが、その激戦によって少しの活路が見えたかに思えた、その最中だった。


『中隊長! 今のは……! 中国地方、そのさらに奥で凄まじいエネルギー確認!』


索敵を試みていた山本の、悲鳴に近い報告が響いた。

和泉が東の空へ振り向いた瞬間、世界が白く染まった。


中国地方のさらに向こう、近畿の空が爆発的に燃え上がったのだ。


(……レールガンか。上層部の連中、まさか『予備』を引っ張り出しやがったのか)


和泉の顔が険しく歪む。

「月の素材」で作られた本物のレールガン。それはコア搭載機による完璧なエネルギー制御があってこそ成立する兵器だ。コアを持たない通常の防衛陣地で、街の全電力網を無理やり直結して撃てばどうなるか。発生する凄まじい余波とプラズマの暴走は、敵だけでなく、砲の周囲にいる味方をも灰燼に帰す。


レールガン自体は機体が携行できるサイズであり、決して巨大なわけではない。だが、それを倉庫から近畿の防衛拠点まで運び出し、強引に電力網と直結させる発射態勢を整えるまでの時間を考えれば――どう急いでも、猶予は数時間しかなかったはずだ。沿岸部で敵の足止めに従事していた防衛部隊も、命がけで砲を設置した者たちも、撤退など到底間に合っていない。


(自分たちの首の皮一枚を繋ぐために、味方ごと吹き飛ばしたってのか……!)


その狂気の一撃は、確かに敵の架橋を蒸発させたのだろう。しかし、光が収まった直後、戦場にさらに絶望的な変化が訪れた。


(……波が、変わった?)


和泉の研ぎ澄まされた感覚が、空間の異変を捉える。

四国側に集結し、海を渡ろうとしていた数百万という敵の大群が、まるで一つの巨大な生物のようにピタリと動きを止め、進路を北――すなわち、すでに防衛線が崩壊した中国地方へと一斉に変え始めたのだ。


「連中、近畿への上陸を諦めて、陸路で本州を食い潰す気か……!」


和泉の背筋に悪寒が走る。

あの絶望的なまでの物量が、障害物のなくなった中国地方を抜け、東日本へと雪崩れ込めばどうなるか。小島たちの艦隊も、犠牲を払って放たれた近畿の防衛網も、すべてが機械の波にすり潰される。


決断に、一秒の猶予もなかった。


「源田!」


和泉は通信機を開き、怒声に近い声で叫んだ。


「ここの指揮は一時お前たちに託す。遠距離型はもう来ない。近接だけならお前たちで何とかなる。通常機を守りながら、ここを死守しろ!」


『えっ……中隊長!? どこへ行くんですか! まさかその体で……!』


「俺は少し英雄にでもなってくる。……すぐ戻る」


制止の言葉を待たず、和泉の機体が大地を砕いて加速した。

九州方面の残党を仲間に任せ、和泉は単騎で、上陸している無数の敵と四国から上陸しようとする敵の群れが蠢く地獄の四国方面へと飛翔する。


機体を限界まで加速させたその瞬間、コアの出力増大に伴う眩い光の粒子が、機体の背後から爆発的に溢れ出した。

暗黒の夜空に、まるで巨大な「光の羽」が広がったかのような、神々しくも恐ろしい残像が刻まれる。


「中隊長……あんた、一体……」


絶句する源田たちを置き去りに。

絶対座標の暗闇を切り裂く一筋の反逆の狼煙となって、光の羽を纏った死神は、絶望の波の中へと単騎で突撃していった。

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