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絶望の戦況報告

防衛省地下、戦略情報司令室。

壁面を覆う巨大な世界地図は、とうの昔にその大半が「ロスト」に塗りつぶされていた。

世界は死に瀕している。


ヨーロッパ戦線は完全に崩壊し、海に隔てられたイギリスへ数千万の難民が押し寄せ、国土はパンク状態に陥っていた。ロシアや中国といった大国は、敵の進軍速度がわずかに落ちる極寒の永久凍土帯へと国民と軍を後退させ、血を流しながら細々と命脈を保っている。


空を覆うほどの「巨大浮遊構造体」が直接降下した中東の国々に至っては完全に沈黙。あの超大国アメリカでさえ、国土の半分以上がすでに陥落し、政府機能と軍の本隊は海上の空母打撃群へと退避して、海岸線へと押しやられる生存者たちの防衛指揮を辛うじて執り続けている有様だった。


そんな絶望的な世界情勢の中、世界中の残存国家から、極東の島国である日本へ通信要請が殺到していた。


『――情報を開示せよ。貴国はいかにして、あの未知の装甲を持つ敵機を撃破したのか』


日本政府は、和泉の部隊が記録した戦闘データや、機体の運動プロトコルを一切惜しむことなく世界へ提供した。人類が生き残るためには、出し惜しみなどしている余裕はなかったからだ。

だが、データを受け取った各国の反応は一様に絶望に染まった。

提供された情報を元に計算すればするほど、「現在の地球上の素材と動力源では、物理的にあの機動は再現不可能である」という残酷な事実が突きつけられたからだ。


「……無理もない。設計図があろうと『素材』がなければ、あれはただの鉄屑だ」


薄暗い司令室の中、情報分析官の報告を聞きながら、防衛大臣が重々しい声で吐き捨てた。

彼の視線の先にあるモニターには、和泉たち第1、第2小隊が搭乗している機体のブラックボックス――通称『コア』の極秘データが映し出されていた。


それは、限られた大国の首脳陣しか知らない最高機密。

かつて、人類が月に降り立った際、そこにはすでに「不時着した未知の宇宙船の残骸」が存在していた。

各国は秘密裏にその残骸を回収し、長年にわたり解析を続けてきた。

その結果、他国に先駆けて兵器への実用化に成功したのが日本だった。


バスケットボールほどの球体でありながら、原子力発電所一つ分に匹敵する「100MW」を超える莫大な電力を生み出す規格外の動力源。

そして、その信じがたいエネルギーから生じる致死的な熱や放射線を、完全に遮断してパイロットを保護する「生体皮膜」のような未知の装甲素材。


まさに神のごときオーバーテクノロジーだったが、大きな問題が二つあった。

一つは、残骸の配分において発言権の弱かった日本には、わずか「6機分」の素材しか割り当てられていなかったこと。

そしてもう一つは――、


「しかし、未だに解明できんな。なぜあのコアは、『選ばれたパイロット』以外の人間が乗ると、一切の沈黙を保つのか」


「ええ。認証システムを初期化しても無駄でした。生体認証というより、まるでコアそのものがパイロットの魂を記憶し、他の人間を『拒絶』しているような……」


研究主任が、不可解そうに首を振る。

機体を起動させた瞬間、パイロットたちは一様に「システム音ではない、微かな脈動のようなものを感じた」と証言している。ただの機械の部品ではなく、まるで意思を持った心臓のようだと。


和泉たちが九州へと向かっていたのは、まさにその「6機分のコア」を搭載した試作機と、現状の素材でそれを代替・再現した随伴機の、極秘の最終運用検証を行うためだったのだ。


「大臣、さらに不可解なデータがあります」


別の分析官が、モニターに二つの映像を並べて表示した。

一つは、四国の松山防衛線が蹂躙された際の映像。もう一つは、和泉が関門橋で敵と死闘を繰り広げた際の映像だ。


「四国を壊滅させた敵の戦術は、『分厚い肉の壁』と『遠距離からの面制圧』という、自軍の犠牲すら考慮しない徹底的に無機質で効率的な殲滅戦でした。……しかし、和泉大尉の部隊を襲った敵は違います」

「あのアクロバティックな機動をする、近接特化の『新型』のことか」

「はい。映像を比較すると、どうにも腑に落ちないのです。奴らは我々の防衛線をただの『障害物』として、極めてシステマチックに排除している。なのに、和泉大尉たちの部隊に対してだけは……非効率な個体をわざわざ差し向けている」


司令室の空気が、微かに張り詰めた。


「まるで、戦争ではなく……未知の強敵から学習し、想定外の事態を楽しんでいるようにも見えます。彼らはあれだけのテクノロジーを持っているのに一気に詰めてくる気配すらありません。最初から遠距離で攻撃されていたら和泉の部隊でも対応は難しかったでしょう」


底冷えのするような沈黙が落ちた。

その推論が意味するものは、あまりにも不気味だ。人類は未知の侵略者と命運を懸けた戦争をしているつもりだったが、敵からすれば、我々など眼中にすらないのではないか。

我々は見当違いの理由で、一方的にすり潰されているだけなのではないかという、得体の知れない恐怖。


「……理由はどうあれ、我々には和泉達の戦力が必要だ」


防衛大臣が、重苦しい空気を断ち切るように呻いた。


「なぜ彼らを機体が選んだかはわからんが、彼らに頼るしかない」


だが、非情な現実が彼らの前に立ち塞がっていた。

四国を蹂躙したあの無慈悲な大群は、すでに瀬戸内海を渡るための異常な架橋作戦を開始し、怒涛の勢いで中国・近畿地方へと迫りつつあったのだ。


日本国内の死者数、2000万人突破。

自衛隊の損耗率、40%超。


その絶望的な報告書が、間もなく彼らの手元に届こうとしていた。

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