届かない刃
四国北部、松山防衛線。
四国と本州を繋ぐ主要な連絡橋が次々と崩落させられたという通信が入る中、意図的に残された大鳴門橋と瀬戸大橋では、民間人を本州へ逃がすための決死の避難誘導が続けられていた。
増援が来ることは、もう永遠にない。第14機動防衛大隊の生き残りたちに課せられたのは、背後の橋へ向かう民間人たちの盾となり、彼らが一人でも多く渡りきるための時間を稼ぐことだった。
自分たちがここで一秒でも長く敵を足止めすれば、多くの命が助かり、本州の防衛線を固めるための時間も稼げる。ただその一念だけで、彼らは絶望に呑まれることなく陣地を死守し、迫り来る「機械」の群れに対して重砲と機関砲の弾幕を浴びせ続けていた。
『――第3ライン、突破されます! 敵の数が多すぎる!』
「押し返せ! 装甲車両を前に出せ、火力を集中させて前線を維持しろ!」
大隊長である遠野は、血の滲むような声で通信機に叫んだ。
前線はすでに泥沼の乱戦状態だった。彼らが最も警戒していたのは、関東の試験部隊から共有された「学習能力を持つ個の兵士(新型)」の出現だった。
代わりに彼らを襲っていたのは、これまで通りの、だが過去最大規模の「ただの物量」だった。
数千、数万という機械の群れが、防衛線に向かって波のように押し寄せてくる。遠野たちの部隊は固定砲台や戦車砲を総動員し、群がり来る機械どもを次々と鉄屑に変えていった。
「……おかしいぞ」
乱戦の中、モニター越しに戦列全体を見ていた遠野は、背筋に冷たいものを感じた。
敵の動きが、これまでと違う。
圧倒的な数で防衛線を食い破ろうとするのではなく、一定のラインまで到達した敵群が、ピタリと前進をやめたのだ。
代わりに彼らは、互いの装甲を密着させるように密集し、防衛線の目の前に分厚い「鉄の壁」を形成し始めた。
『隊長! 敵群、後方に未確認の熱源反応! 数、およそ三百……急激に温度上昇しています!』
レーダー手の悲鳴のような報告と同時だった。
遥か後方――遠野たちの持つどの通常兵器の射程距離よりも外側から、空を裂くような甲高い飛翔音が響き渡った。
次の瞬間、松山防衛線の陣地に、文字通り「光の雨」が降り注いだ。
着弾と同時に発生する、凄まじいプラズマの爆発。直撃を受けた味方の戦車が、装甲ごと蒸発してドロドロの鉄だまりへと変わる。強固なトーチカも、地下シェルターも、遠距離からの精密かつ圧倒的な火力の前に、紙細工のように吹き飛ばされていく。
「遠距離砲撃だと……!?」
モニターを最大倍率にズームした遠野の目に、信じられない光景が飛び込んできた。
前線を埋め尽くす「鉄の壁」の遥か後方。そこに、砲身のような器官を天に向けた、新種の敵機の群れが陣取っていた。
その装甲は、前衛の機械たちに比べてひどく薄く、華奢に見えた。機動性も皆無に等しいだろう。
(……単機で部隊を蹂躙する『近接戦闘特化の新型』が来るものだとばかり思っていたが、甘かった。奴らは『個』の武力ではなく、『群れ』全体を一つのシステムとして最適化しやがった……!)
(一発だ。戦車砲を一発撃ち込むか、肉薄して爆薬さえ叩き込めば、あんな薄っぺらい的、簡単にスクラップにできる!)
遠野は瞬時に敵の弱点を看破した。だが、同時に絶望的な事実にも気がついていた。
「届かない」のだ。
『第2中隊、前に出ます! あの砲撃部隊を潰さないと全滅だ!』
「待て! 行くな!」
遠野の制止を振り切り、数両の装甲車両がエンジンを唸らせて砲撃部隊へと突撃を試みた。
だが、彼らの前に、あの分厚い「鉄の壁」が立ち塞がる。
密集した敵の群れは、攻撃を仕掛けてくることすらない。ただ自らの質量と装甲を盾にして、味方車両の突進を物理的に受け止め、絡みつき、文字通りの「肉の壁」となって足止めした。
もがく味方の車両の上に、容赦のない光の雨が降り注ぐ。
断末魔の通信すら残せず、突撃した部隊は一瞬で消滅した。壁となった前衛の敵もろとも、だ。
敵は、後方からの遠距離攻撃を通すためだけに、味方(前衛の群れ)を巻き添えにすることも全く躊躇していなかった。
――装甲は薄く、脆い。近づきさえすれば容易く殺せる。
――しかし、絶対にそこへは辿り着かせない。
これは「群れ」としての機能を極限まで最適化した、完全な戦術的詰み(チェックメイト)だった。
『本部、こちら松山防衛線!』
次々と光の雨に焼かれていく部下たちの悲鳴を聞きながら、遠野は半ば崩れかけた司令コンソールにすがりつき、本州への最期の通信を叫んだ。
『本陣地は間もなく突破される! 本部、残っている大鳴門橋と瀬戸大橋を今すぐ落とせ! 奴らを絶対に本州へ渡らせるな!』
遠野は血を吐くような思いで、通信の回線を大隊全体に切り替えた。
『全残存部隊に告ぐ! 本陣地を放棄する。全軍、即時撤退せよ!』
どうせ守りきれない。ならば、一兵でも多く生き残らせ、一秒でも早く橋を落とさせるのが指揮官の最後の仕事だ。遠野は再び本部への直通回線を握り締める。
『敵は遠距離砲撃の運用を開始した! 後方に陣取る砲撃型の装甲は薄いと推測されるが、前衛の分厚い壁に阻まれ接近は不可能! 本部、我々への救助は不可能だ。自力での撤退以外、一切の救出部隊の派遣を禁ずる! 繰り返す、救助は不要――』
ドドォォォン!!!
司令所の頭上に、致命的な一撃が着弾する。
崩れ落ちる瓦礫と炎の中で、遠野は最後に見た。
四国の地を埋め尽くす機械の群れが、灰燼に帰した防衛線を踏み越え、ゆっくりと、瀬戸内海の方角――本州へと向かって歩みを進め始める絶望の光景を。
松山防衛線、沈黙。
これにより、四国に存在したすべての人類の前哨基地は、地図上から完全に消滅した。
後日、本州の防衛司令部にひっそりと記録された最終報告書には、冷酷な数字だけが並んでいた。各所から死地へと援護に向かい、そのまま帰らぬ人となった者たちの数も含め、そこにはただ無機質な事実だけが記録されていた。
【四国方面戦線】
民間人 避難民:約210万人
民間人 犠牲者:約150万人(推定)
自衛官 生還者:688名
自衛官 犠牲者:18,294名
【九州方面戦線】
民間人 避難民:約400万人
民間人 犠牲者:約840万人(推定)
自衛官 生還者:2,344名
自衛官 犠牲者:39,883名
【本作戦における日本全体被害総計】
民間人 避難民:約610万人
民間人 犠牲者:約990万人(推定)
自衛官 生還者:3,032名
自衛官 犠牲者:58,177名




