未完の祝杯と暫しの別離
瀬戸内海の向こう、四国の方角の夜空が不自然な閃光に染まっていた。
それは通常の爆発光ではない。超高温のプラズマが連続して生み出す、白群色の瞬き。和泉は光学モニター越しに、地平線を焦がすその光を冷静に分析していた。
(遠距離からの高火力による面制圧……。我々が相対した近接特化型の個体とは、全く別種の戦術群か)
四国の防衛線が落ちるのは時間の問題だった。ここが落ちなければ、少なくとも敵の進軍ルートは限定され、中国地方が完全に挟撃される最悪の事態だけは防ぐことができる。
隣に立つ小島へ、和泉は視線を向けずに告げた。
「小島。通常戦力を連れて、日本海から関東に行け」
その唐突な言葉に、小島はわずかに目を見開いたが、すぐにいつもの不敵な笑みを消して和泉を見返した。
「和泉。……今度は何だ」
「通常戦力を連れて日本海から関東に行け。伊達さんと第3、4小隊を連れていけ。他の整備兵もだ。湾内に待機させているイージス艦と護衛艦隊を接岸させて、乗せられるだけの民間人を収容したら、直ちに海路で石川へ向かってくれそこから関東まで下がるんだ」
「……俺たちを逃がして、お前たちだけでここを塞ぐ気か」
「観測された敵の新戦術――あのプラズマ砲撃じゃ、通常の装甲なんて紙切れと同じだ。残っても犬死にになる。……ここは、俺たちが引き受ける」
和泉は淡々と事実を告げた。さらに、地図上の石川までの航路を指差しながら言葉を重ねる。
「海路で石川へ向かう時は極力、原子力発電所から遠回りするルートを取ってくれ。敵のあの新しい砲撃陣形は、原発のような高エネルギー源を標的にしてくる可能性が高い。これ以上の被害は、本州の継戦能力を奪うことになる」
しばしの沈黙があった。
和泉の提示したロジックが軍事的に完全に正しく、自分たちがここに残ることが無駄な損耗になるという残酷な事実を、小島も痛いほど理解していた。
「……分かった。受け入れ準備に入る。民間人を収容次第、出港する。死ぬなよ、和泉」
「おまえもな。官邸の連中に最高級の酒を奢らせるまでは、死ぬわけにいかないからな」
和泉の言葉に、小島はフッと口角を上げた。「ああ、あいつらの金で飲むまでは死ねないな」と短く応じ、踵を返そうとしたその時。第3小隊と第4小隊の各隊長、そして整備班長の伊達が、険しい表情で二人に詰め寄ってきた。
「和泉中隊長、納得がいきません!」
第3小隊長が、規律を保ちながらも押し殺した声で進言する。
「我々を足手まといだとお考えですか。我々第3、第4小隊長機も『コア』を搭載しています。四国が落ちれば一門でも多くの砲門が必要なはずだ。我々だけでも残していただきたい」
「足手まといとは言っていない。だが、全滅は避けなきゃならない」
和泉は軍人としての冷徹な顔に戻り、事実を告げた。
「あのプラズマ砲撃の直撃を受ければ、装甲板そのものはコア機も通常機も大して変わらん。一瞬で蒸発する。あの猛砲火の中で機体を維持し、陣地を守り抜けるのは、コアの莫大な出力で『熱防護膜』を展開できる間だけだ。防護膜を持たないお前たちの部下の通常機体は、射程にすら入れず無駄死にする」
「だからこそ、コアを持つ我々も残るべきです!」
「駄目だ。お前たちがここを離れるのは、俺たちが勝つためだ」
和泉の静かだが力強い声に、小隊長たちは言葉を詰まらせた。
「ここで日本の全コア機を失えば、反撃の芽は完全に潰れる。お前たちが関東で再編し、東の防衛線を構築して初めて、俺たちがここで耐えることに意味が生まれるんだ。俺たちが敵を引きつけ、お前たちが東から打って出る。その時に敵を挟撃する戦力がなければ、この戦争は終わりだ」
和泉は彼らを見回し、決定的な命令を下した。
「伊達さん、あなたもだ。ここで機体と心中する気なんて俺にはない。あなたたちが整備データとノウハウを東へ持ち帰り、次の戦線を支える盾を準備すること。それが、俺たちが生きて合流するための唯一の条件だ」
その言葉に、伊達も各小隊長たちも深く唇を噛み締め、それ以上の反論を飲み込んだ。彼らは感情に流される素人ではない。和泉の言葉は「心中」ではなく、「勝利のための布陣」であった。
「……必ず、生きて合流しましょう。その時まで、機体は完璧に調整しておきます」
伊達が渾身の敬礼を見せる。それに倣い、第3、第4の小隊長たちも敬礼を返し、撤退支援の指揮を執るべく持ち場へと走っていった。
撤退の喧騒が広がる陣地の片隅で、残る任務を引き受けた第1、第2小隊の搭乗員たちが自らの機体の前に集まっていた。
コア搭載機に乗る4名と、通常機に乗る4名。和泉を含めた、計8名の特務パイロットたちである。
「和泉さん、随分と嫌われ役を買って出ましたね」
第2小隊長の源田が、ヘルメットを小脇に抱えながら微かに口角を上げた。
「嫌われようが何だろうが、勝つための手駒は一つでも多く残す。それが俺の仕事だ」
「四国からだけじゃない。九州方面からも同じ遠距離砲撃型が押し寄せてくるでしょうね。あの熱防護膜を限界まで展開し、両面からの猛砲火を耐え抜いてこの絶対座標を死守する。……我々と、我々の機体にしかできない仕事ですね」
8名の特務パイロットたちは、不敵な笑みを交わした。
ここを抜かせず、かつ全滅もせず、次の反撃へと繋げる。彼らに与えられたのは、絶望を食い止める「絶対の盾」としての任務だった。
「各機、搭乗準備」
和泉の短い号令に、7名のパイロットたちは無言で敬礼し、それぞれのコックピットへと向かった。
静寂に包まれた夜の陣地に、未知の動力源が放つ低く重い脈動音だけが、不気味なほど力強く響き始めていた。




