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生還者たちの小休止

防衛線の後方に急造された臨時司令所。砲撃の振動で時折砂埃が落ちてくる薄暗いプレハブ建屋の中で、小島は大型モニターと向かい合っていた。


画面の向こうに映っているのは、遠く離れた安全な東京の官邸に詰める政府高官と防衛省のトップたちだ。通信ノイズにまみれたモニターに共有された日本地図のデータは、見る者の心をへし折るような絶望的な「赤色」に浸食されていた。


『敵は九州の黒ヶ浜から佐田岬灯台に向けて強引に橋梁を構築し、四国へ侵攻。現在、四国の南半分が完全に「彼ら」の手に落ちました。松山基地を主軸として防衛線を構築し、北側を死守していますが……陥落は時間の問題です』


『関東方面からも随時増援を送っていますが、住民の避難を最優先としているため、盾となる兵士たちの犠牲が多大に上っています。部隊の損耗率はすでに45%を超過……被害の拡大は防ぎようがありません』


官邸側からの無機質な報告に、小島は血のにじんだ包帯を巻いた腕を組み、重苦しい沈黙を返した。

日本だけの問題ではない。ユーラシア大陸の主要国家はすでに国土の過半数を喪失し、北米や欧州の海岸線も敵の拠点と化している。人類全体が、緩やかに、しかし確実な滅びの坂を転がり落ちているのが現状だった。


そんな泥沼の戦局にあって、小島が前線指揮を執り、和泉たちが死守したこの「絶対座標」の防衛線だけが、奇跡的に赤色の浸食を食い止め、日本列島の中央にくさびのように立ち塞がっていた。


『そこでだ、小島司令。貴官らの部隊に、四国への援護に向かってもらいたい』


モニター越しに、政府の重鎮の一人が口を開いた。


『あの規格外の敵とやらに勝った君たちの部隊ならば、松山基地の防衛線を立て直すことも――』

「不可能です」


小島は間髪入れずに要求を切り捨て、手元にある戦術データを画面越しに突きつけた。


「今回投入された新型は、これまでの物量で押し潰すだけの『機械』とは次元が違う。こちらの戦術を学習し、急所を狙ってくる明確な殺意を持った『個の兵士』です。現在、我が部隊に配備されている16機のうち、あの敵の装甲に直接ダメージを与えられる武装とスペックを持つ機体は、たった6機しかありません」


小島は思わず声を低く震わせ、画面の向こうの重鎮を睨みつけた。


「その6機でさえ、先の戦闘でスクラップ同然です。試験部隊の和泉と、伊達整備兵……あの二人が引き起こした、ただの奇跡に過ぎない。これで援護に向かえというのは、部隊に死ねと言うのと同じです」


小島は込み上げる感情を強引に呑み込み、軍人としての冷徹な表情を取り戻して言葉を続けた。


「本隊はこれより大至急の補給と機体の修復に入ります。そして、本官からの要求は一つです」


小島はモニター越しの重鎮たちを見据え、言い放った。


「四国から本州へ繋がるすべての橋梁を、即座に落としてください。あのような規格外の新型を、絶対に本州へ渡らせてはならない」


重苦しい沈黙が官邸側を包む中、小島は姿勢を正して敬礼し、正式な手順で通信を終了した。

深く重い息を一つ吐き出すと、司令所に隣接する野戦格納庫へと足を運ぶ。


油の匂いと火花が散る空間。その一角に、全身をテーピングと包帯でぐるぐる巻きにされた和泉が、弾薬箱の上に深く腰掛けていた。まだ自力で歩くのもやっとのはずだが、大人しく医療テントのベッドで寝ているような男ではない。


和泉の視線の先には、火炎とプラズマでドロドロに融解し、装甲の半分以上を喪失した彼のアグレッサー機があった。ただのスクラップにしか見えないその鉄の塊に取り付き、無言で溶接バーナーの火花を散らしている作業服の背中――伊達広貴だ。


「……生きてるか、和泉」


小島が声をかけると、和泉は痛む首をわずかに動かし、片目だけを開けて鼻で笑った。


「当たり前だろ。官邸の連中はなんて? 酒くらい奢ってくれるってか?」

「『四国の援護に行け』だとさ。もちろん断った。うちの機体でまともにやり合えるのは6機だけだし、それもお前さんの機体を含めて今はポンコツばかりだからな」

「……四国は、そんなにヤバいのか」

「最悪だ。南は落ちて、北側も時間の問題。住民避難優先のツケを、増援の兵士たちが血で払ってる状態だ。損耗率は45%を超えてる。……美味い酒は、当分お預けだな」


小島の報告に、和泉は持っていた缶コーヒーを見つめ、静かに息を吐いた。


「だが、ゼロじゃない」

「ああ。ゼロじゃない。……お前と、あそこで暴れ回ってる『声の出せない先輩』のおかげでな」


バーナーの火を止めた広貴が、振り返って二人を指差し、大げさに肩をすくめてみせた。「これだけ派手に壊しやがって、直すのがどんだけ面倒だと思ってんだ」とでも言いたげなジェスチャーだ。


それを見た和泉の口から、乾いた笑い声が漏れた。つられて、張り詰めていた小島の顔にもわずかな笑みが浮かぶ。


四国が燃え、世界が沈みかけている絶望の中にあっても、まだここを明け渡すつもりはなかった。

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