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フェーズ・エグジット5

牽引フックをパージする絶妙なタイミング。それは、機体の限界のさらに先を引き出す「神業」だった。


和泉の乗る数トンもの重機動兵器を、海岸線の柔らかい砂浜へとピンポイントで滑り込ませた直後、すべてを使い果たした戦闘機は揚力を失い、そのまま沖合の海面へと真っ逆さまに突っ込んでいった。


鼓膜を打つ水柱の音。機体が海に呑まれるのが見えた。


「……無茶苦茶やりやがって」


全電源が落ち、完全な沈黙に包まれたコクピットの中で、和泉はシートに深く背を預けた。

限界をとうに超えて酷使した肉体は鉛のように重く、指一本まともに動かすことすらできない。救急班が到着するまでの数分、和泉は手動でハッチのロックを外す気力すら湧かず、泥のような疲労の中で静かに目を閉じて休んでいた、その時だった。


ガツン、と外部から装甲を乱暴に叩く音がした。

次いで、外側の強制開閉レバーが力任せに回される。

プシュゥゥッ、と圧力の抜ける音とともに、重いハッチが跳ね上がった。


一気に流れ込んでくる潮風と、目に痛いほどの陽光。その逆光を背に受けて、一人の男が立っていた。

ずぶ濡れの作業服。額に張り付いた髪からボタボタと海水を滴らせたその男――整備兵の広貴は、ただ無言のまま和泉を見下ろし、ニヤリと不敵に笑っていた。

戦闘機ごと海に墜落しておきながら、自力で脱出し、救護班の到着すら待たずにここまで泳ぎ切ってきたのだ。


「……相変わらず、出鱈目な操縦だな。広貴さん」


和泉の呆れたような言葉に、広貴は声を発することなく、ただ口角をさらに上げて親指を立ててみせた。


和泉の脳裏に、先ほど絶望の淵で鳴り響いたモールス信号が蘇る。

『ー・ー・・ ー・』

和文モールスで、「キ」「タ」。


彼らにとって、それは「最高の援護が来た」という絶対の合図であり、あの通信の主がこの男であるという揺るぎない確信だった。


なぜ一介の整備兵が、最新鋭の戦闘機を完璧に操り、あのような空の化け物じみた軌道を描けるのか。部隊の人間は、その理由をわざわざ口にしない。彼という男の「伝説」を、全員がとうに知っているからだ。


和泉は全身の痛みに顔をしかめながらも、広貴の無音の笑顔に向け、最高の敬意を込めて笑い返した。


「あんたの『キタ』は……本当に心臓に悪い」


広貴の無言の笑い声が、静かな波の音に溶けていくように聞こえた。

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