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フェーズ・エグジット3

司令部のメインクロックは、午前9時58分23秒を指していた。

巨大構造物を完全に破壊し、勝利を確信した瞬間から、まだ三十分も経っていない。歓喜が絶望に塗り替えられるには、あまりに短すぎる時間だった。


小島は、血の混じった唾を吐き捨て、震える指でコンソールを叩き切った。


「全部隊へ告ぐ。10時01分30秒、指定座標へ全火力を集中投下する。作戦時間は残り180秒。総員、最終離脱準備フェーズ・アウト開始!」


小島の目の前のモニターに、非情なカウントダウン・タイマーがセットされる。

【着弾まで:178……177……】

同時に、彼は観測データから弾き出された「敵」の異常な数値に、背筋を凍らせていた。


これまでの敵は、単なる数で押し潰すための無機質な「部品」に過ぎなかった。だが、モニターに映る緑白の光を纏った個体は違う。エネルギー波形、機動ロジック、そして何より、こちらの作戦を失敗させたことへの明確な「本気」の殺意。


(物量じゃない。……やつらは、本物の『兵士』を送り込んできたのか)


自分たちの戦術を否定し、確実に和泉を仕留めるために放たれた、異質なまでの軍事的執念。小島は奥歯を噛み締め、モニターの中の青い点――和泉の機体を見つめた。


「死ぬなよ、和泉……! 間に合わせろ!」


祈りにも似た呟きとともに、小島が「執行」のエンターキーを叩いた瞬間、場面は煙霧の地獄を往く和泉の視界へと切り替わった。


『残り120秒だ。やつは、生きている。……しんがりは俺がやる』


和泉の、低く重い声が無線を支配する。背後では、崩落した瓦礫の中から立ち上がる緑白の「亡霊」が放つ異様な威圧感が、バイザー越しに肌を刺していた。


『佐々木、山本、結城、石井! 先行して橋のたもとを固めろ。総員、橋まで前方の敵に火力を集中しろ。敵の足を止め、岩本と源田のレールガンで確実に沈める。そのまま第3、第4小隊と合流するぞ!』


『ですが、隊長……!』


『行けッ! 横と後ろは小島と俺に任せろ。俺のレールガンはまだ生きている。それに、俺にはまだ近距離戦闘で使えるこいつがある……!』


和泉は、近接振動刃バイブレーション・ブレードを起動させた。機体はボロボロで出力も不安定だが、その刀身に宿る熱だけは、かつてないほどに高まっていた。


『さっきの奴が来ても、弾いてみせる。……行くぞ!』


和泉機を最後尾に、8機のアグレッサーが最高速でアスファルトを蹴った。橋までの距離、わずか数十メートル。

全方位から迫る敵のプレッシャーを、司令部から送られる小島の精密な「火線の隙間」だけで回避し、和泉はアクセルを全開に叩き込む。


視界の端のタイマーが残り30秒を切り、ついに橋の途中に見えるところまで辿り着いた。


『もう少しだ、跳べッ!!』


叫ぶ和泉。だが、背後の「亡霊」がそれを逃がすはずもなかった。

緑白の光を引く影が、物理法則を無視した加速で和泉の背後へと肉薄する。救出部隊の援護も、小島の計算をも上回る、超次元的な接近。


和泉は悟った。もはや回避は不可能。逃げ切ることはできない。

彼は、橋を渡りきる部下たちの背中をその目に焼き付け、機体の反転プログラムを始動させた。刺し違えてでも、この亡霊だけは道連れにする。その覚悟を決めた、次の瞬間だった。


バイザーの端、最優先割り込みの通知とともに、一つのモールス信号が和泉の脳内に直接響いた。


「ー・ー・・ ー・」


その信号が意味する「音」を読み取った瞬間、和泉はふっと、この地獄に似つかわしくない笑みを浮かべた。


「……最高な先輩だなおい」


振り向きざま、和泉は残った全エネルギーをその「亡霊」へと叩きつけるべく、完全に機体を翻した。

10時01分30秒まで、残りわずか。

空からは、すべてを焦土と化す破滅の鉄雨が、すでに放たれていた。

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