還りゆく声
銀色の大地が途切れる、境界の沿岸部。
この地を「橋頭堡」として確保するため、工兵隊が防壁の建設と補給拠点の整備を急いでいた。その防壁のさらに先、銀色の大地との境界に張り付くようにして、岩本は愛機を展開し、戦況を監視していた。
「おい、工兵隊の作業を止めんな! ……クソ、なんだ? 地面が脈動してやがるぞ」
岩本の警告と同時だった。彼らの目の前、境界線の向こうに広がる銀色の平原が、巨大な心臓のように不気味に律動を始めた。
「散開! 前衛は境界線へ展開し、工兵を死守しろ!」
金子の冷徹な指揮が響く。直後、脈動する大地から硬質化した無数の「槍」が、陣地を串刺しにするように突き出してきた。
さらに、波打つ大地から金属の塊が這い出し、かつてこの地域を防衛し、無念の死を遂げた部隊の兵士たちと戦車が、おぞましい精度で模倣され現れた。
「……ふざけやがって。死んだ連中まで引っ張り出すってのか」
岩本は即座に通信を開いた。
「こちら岩本! 沿岸部に敵の群れが出現! こいつら……昔ここで戦った部隊の姿をパクってやがる! クソッ、これじゃ部隊の足が止まるぞ!」
すかさず、金子が切迫したトーンで通信に割り込む。
「こちら金子。小島司令、護衛艦隊による至急の面制圧を要請する。……敵の戦力は取るに足らない。だが、奴らはかつての同胞の姿を模して、部隊へ精神的な攻撃を仕掛けてきている。艦砲射撃で、この悪趣味な敵たちごと吹き飛ばしてほしい」
『小島だ。了解した。護衛艦に指示を送る。これより弾幕支援を行う』
直後、海上に待機していた護衛艦の主砲が火を噴いた。
正確無比な砲撃が敵の模倣体群を次々と粉砕していく。視界を埋め尽くしていた無数の同胞の姿が吹き飛ぶ光景に、金子中隊の兵たちは我を取り戻したかのように、再びトリガーを引いていく。
岩本や金子たちもまた、銃口を向け、かつての同胞の姿をした標的を粉砕し続けた。モニターに映る悲痛な表情に胸を締め付けられながら、それでも彼らは、それが「本物」ではないと自分に言い聞せて戦った。
だが、戦闘が熾烈を極めたその時だった。
遠く中央の方角から、空気を震わせるような波動が沿岸部まで届いた。
そこには爆音も、物理的な崩壊音も存在しなかった。
ただ、長く冷たい眠りから強制的に引きずり出された、数えきれないほどの「生」の叫びと祈りの残響だけが、精神をかき毟るような目に見えない奔流となって、一瞬にして沿岸部まで吹き抜けた。
その瞬間、沿岸部を支配していた防衛システムの論理が、一斉に崩壊する。
ピタリ、と。
銀の兵士や戦車たちの動きが止まった。彼らの表面に無数の亀裂が走り、その中から無機質な色とは異なる、温かな光が漏れ出す。
歪んでいた表情が、本来の穏やかな人々のそれへと戻っていく。振り返りざま、彼らは音もなく口を動かした。
『――――、ありがとう』
風に溶けるように、光の粒子となって消えていく彼らを見送り、岩本は操縦桿を握る手に力を込めた。
「……終わったか」
静寂が降りた直後、広域通信の激しいノイズを切り裂き、全軍のチャンネルに和泉の魂を揺さぶるような叫びが響き渡った。
『全員聞こえるな。今壊した塔を探せ。その座標を俺におくれ。あれにはここで生きていた人間の魂がとらわれている。塔をぶっ壊したうえで俺が行く必要がある』
その言葉がスピーカーから鳴り響いた瞬間、岩本と金子はハッと息を呑んだ。
さきほど、目の前で温かな光となって消え去っていった同胞たちの姿が脳裏をよぎる。自分たちが先ほどまで銃口を向けていたものの正体が、システムに囚われていた彼らの「魂の残滓」そのものだったのだと、和泉の言葉によってすべてが一本の線に繋がった。
直後、小島司令の重みのある声が通信に割り込んだ。
『一度、作戦を練る必要がある。威力偵察の目的は達した。総員、帰投せよ』
岩本は深く息を吐き出すと、力強く通信を返した。
「こちら岩本。沿岸部の敵も完全に消滅しました。……司令、あの馬鹿どもの回線、繋ぎっぱなしにしといてください。あいつらがどんな顔をして戻ってきてもいいように、橋頭堡はバッチリ確保してあります」
『了解した。岩本、金子、お前たちは引き続き防壁と拠点の維持に専念せよ。前衛部隊の収容を最優先とする』
その報告を聞き、通信を切った岩本は、目元を乱暴にパイロットスーツの袖で拭うと、キメラの外部スピーカーと味方への通信回線を最大出力で開いた。
「聞いたか、お前ら! あいつらが帰ってくるぞ!」
岩本はコンソールから汗に塗れた顔を上げ、涙を隠すように大声で叫んだ。
「休んでる暇はねえ! あいつらが帰ってくる場所だ、絶対に崩れねえ、世界一頑丈な城を作って出迎えてやるぞ!!」
「応ッ!!」
金子中隊のパイロットたちも、工兵たちも、一斉に雄叫びを上げた。
敵がどれほど残酷な盤面を用意しようとも、もう誰も怯まない。解放された魂たちの声が、彼らの背中を力強く押していた。
橋頭堡で、人類の反撃の土台は、かつてないほどの熱を帯びて築かれていく。




