表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/133

悪趣味な遊戯への反逆

崩れゆく最初の神殿をあとにし、機体を反転させた和泉は、泥濘の海岸線を目指してただ一人コックピットの中で突き進んでいた。


小島司令からの帰投命令を受け、無言で操縦桿を握る和泉の耳には、いまだ自身の機体から発せられる駆動音だけが虚しく響いている。

先ほど、塔を破壊した直後に和泉が全軍へ向けて叫んだ『人間の魂がとらわれている』という確信。それは、塔から溢れ出した情報の奔流を直感的に感じ取った和泉の鋭い嗅覚によるものだった。


だが、その情報の奔流を直接浴び、完全に沈黙していたシンが、帰投の最中、不意に口を開いた。


『……和泉。……奴らが、あの塔を作った「本当の理由」が……わかった』


シンの途切れがちなその音声には、「怒り」と、抑えきれない「悲哀」がはっきりと混じり込んでいた。


『お前が言った通りだ。あの塔には、数え切れないほどの記憶と……命が囚われていた。……かつて九州の地で、高橋一佐たちがそうであったように。自らの命を盾にして、人々が北へ逃げるための時間を稼ぎ出した……この星の、気高き仲間たちの魂だ』


シンの言葉が、重くコックピットの空間に落ちる。

迫り来る銀色の絶望を前にして、決して折れず、誰かの未来のために踏みとどまって命を散らした英雄たち。塔に縛り付けられていたのは、そんな彼らの最期の記憶だった。


『だが……奴らがそれを利用した理由は、巨大構造体を維持するためのエネルギー源なんかじゃなかった。……そんな、合理的な理由ですらない……ッ』

「……どういうことだ」


和泉の低い声に、シンは絞り出すように答えた。


『……奴らにとって、お前たちの命は、ただの盤上の駒だ。……人間が必死に抗い、絶望し、同胞の幻影に苦しみながら内側から心が壊れていく様を……ただ安全な場所から観察して、楽しんでいるだけだった。最悪の……「遊び」だ』


シンの声が、悔しさに震えていた。

その残酷すぎる真実を、和泉はただ一人、閉ざされたコックピットの中で受け止めていた。


人類が血を流し、未来を繋ぐために命を懸けた崇高な戦いも、散っていった仲間たちの誇りも。侵略者たちにとっては、ただ退屈を紛らわせるための「悪趣味なゲーム」の一コマに過ぎなかったのだ。


「…………」


和泉は、怒りで震えそうになる操縦桿を恐ろしいほどの力で握りしめた。

感情が限界を超えて削ぎ落とされ、その顔に浮かんだのは、絶対的な殺意を孕んだ獰猛な笑みだった。


「……上等だ」


和泉の冷徹な声が、静まり返った回線の奥底で硬く響く。


「奴らのゲームは、俺たちが全部ぶっ壊す。あんな悪趣味なゲームに付き合ってやる義理はねぇ。……囚われてる連中、一人残らず解放してやる」


和泉の決意に呼応するように、白銀の機体がさらに力強く駆動音を上げる。

防衛システムがダウンし、不気味なほど沈黙した銀色の大地を抜け、やがて視界の先に暗い海を背にした巨大な防壁が見えてきた。


それは、岩本率いる工兵隊と防衛部隊が、泥と汗と血に塗れながら死に物狂いで築き上げた、無骨で頑丈な人類の新たな最前線――「橋頭堡」だ。


「……こちら和泉。帰還した」


泥だらけの陣地の上空に到達した前衛部隊は、誰一人欠けることなく、全機が無傷のまま見事な編隊を組んで次々と拠点に着陸していく。

機体のハッチを開け、外の空気を吸い込んだ和泉たちを出迎えたのは、全身泥だらけになった岩本と、傍らに立つ金子だった。


「遅ぇぞ。……作り上げておきましたよ、拠点は」


岩本はわざとらしく丁寧な口調で言いながら、泥だらけの顔で誇らしげに笑った。その目元は微かに赤く腫れ、戦友の無事に対する深い安堵が浮かんでいる。和泉は機体から飛び降りると、巨大な防壁をぐるりと見渡して笑った。


「悪くない城だ」

「当たり前だ。世界一頑丈に作ってやったんだからな」


和泉は歩み寄り, 岩本の泥だらけの拳と、自分の拳を力強く打ち合わせた。

張り詰めていた空気が、一気に解ける。

和泉はフライトスーツのポケットから煙草を取り出すと、一本を自分の口に咥え、もう一本を岩本に放り投げた。合流した源田たちも集まってくる中、和泉はオイルライターの火をつけ、仲間たちと回し合うように火を分け合った。


出撃前、強襲揚陸艦の甲板でただ一人見送った紫煙。

それが今、戦友たちと共に、敵の大地の上で確かに天へと昇っていく。


「さて……」


短い休息と生還の喜びを分かち合ったのも束の間、和泉は煙草をもみ消し、鋭い視線を仮設司令部のモニターへ向けた。通信越しには、小島司令も合流している。


「シン、さっき引き抜いたデータを共有しろ。遊びの時間は終わりだって、あいつらに教えてやらなきゃならない」


『……あぁ、わかっている』


シンのホログラムがモニターに浮かび上がり、大陸全土、そして地球規模の立体マップを展開する。


『今回壊した塔は、あくまで末端に過ぎない。同じように、この星の仲間たちを囚えている場所が、まだいくつもある。……そして、このふざけた盤面を広げている奴らの……「玉座」の場所も, 見つけた』


マップの中央、遥か上空のポイントに、凶悪な赤い光が点灯する。巨大構造体を維持するための『絶対座標』だ。


「……そこが、神様の玉座ってわけか」


和泉は泥濘の城から、忌まわしい銀色の空を見上げた。

隣には岩本が、後ろには源田や金子、すべてのアグレッサー部隊が並び立ち、同じ空を睨みつけている。


敵の喉元は、完全に捉えた。


「さぁ、行くぞ。……国が違おうが、顔を知らなかろうが関係ねぇ。絶望の中で誰かの明日を守り抜いたあいつらは、間違いなく本物の『英雄』だ」


和泉の声には、決して声を張り上げているわけではないが、全軍の血を沸き立たせるような強烈な熱があった。


「あんなふざけた玉座に、そいつらの誇りをいつまでも縛り付けさせておくわけにはいかねぇだろ。……誰かのために命を張った連中を、今度は俺たちが助けに行く番だ」


和泉は、かつてないほど獰猛で、最高に頼もしい笑みを浮かべた。


「囚われた英雄たちは、俺たちが一人残らず奪い返してやる。――極上の反撃を叩き込んでやるぞ」


分断された海峡を越え、橋頭堡を築き、人類はついに不落の絶対座標へと手を伸ばす。

泥濘に建つ城から、名もなき英雄たちの魂を解放するための、逆襲の狼煙が上がろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ