目覚めし静寂
大陸の中央領域へと踏み込んだ和泉の部隊を、静寂が飲み込んでいた。
足元に広がる銀色の街道は、巨大な生物の体内のようだった。等間隔に配置されたエネルギーチューブが脈動し、青白い光が奥へ奥へと送られている。だが、そこに機械的な兵器の姿はない。ただ大地そのものが、何かに怒り、あるいは侵入者である人類を排除しようと激しく脈打ち始めているだけだった。
「隊長、違和感があります。……周囲のエネルギー濃度が、数秒前から急激に上昇しています」
菅野の張り詰めた声が通信に入る。和泉も同様に感じていた。先ほどまで感じていた「機械的な静寂」が、今は何かに凝視されているような殺気へと変わっている。
「……シン。どうなっている」
『……解析不能なシグナルが地下から湧き上がっている。この大地全体が、一つの巨大なネットワークだ。お前たちの侵入を、土地の免疫機能が検知した』
その瞬間、銀色の街道が一斉に明滅した。
まばゆい閃光が視界を支配する。地面が波打ち、平坦だったはずの舗装面が意思を持ったかのように隆起した。
「っ、回避! 左右から来るぞ!」
和泉の号令と同時だった。
路面が鋭く裂け、純粋なエネルギーが物理的に硬質化した未知の『刺突兵器』が、電光石火の速度で突き出された。それは爆発的な飛翔体ではなく、大地そのものから生える槍だった。
「隊長、右側面から――!」
菅野たちが機体を大きく捻って槍を避ける。和泉はキメラの駆動系を過負荷寸前まで引き上げ、側方から迫る槍を紙一重で回避した。回避のたびに銀の地面が激しく脈打ち、大地が呼吸を繰り返すたびに、無数の刺突が降り注ぐ。
「……やはり、迎撃兵器など必要ないというわけか。この土地そのものが、我々を異物として排除する仕組みか」
和泉は防戦を続けながら、エネルギーの奔流が収束していく中心地点を見据えた。
脈動の中心。そこには、周囲の建物とは一線を画す、不自然に高く聳え立つ銀の塔があった。
「あれだ。あの中心へ行くぞ。菅野、杉田、俺に続け!」
三つの小隊が槍の雨を縫うように突破し、塔の根元へと到達する。
そこには、塔と一体化したかのような、あまりに残酷な光景があった。
かつて、ここに住んでいたであろう人々の亡骸が、そのまま銀色の膜に包まれ、大地と同化していた。彼らは塔の表面に張り付くように固定され、まるで銀色の彫像のようだった。一人、また一人と、生前の苦悶すら消し去った透明な膜の中で、静止している。
「……シン。彼らは生きているのか。それとも、もう……苦しんでいるのか」
和泉の問いかけに、シンの反応は一瞬遅れた。その無機質な通信の奥底に、焼けるような憤怒の残滓が揺らめいていることを、和泉は敏感に察知した。
『……両方だ、和泉。彼らは肉体を失い、思考のみをネットワークの海に永遠に繋がれている。終わることのない情報処理の地獄。彼らが行った日常も、かつて愛した記憶も、全てがこの大陸を維持するための燃料として、今この瞬間も消費され続けている』
シンの声は、かつてないほど鋭利に研ぎ澄まされていた。
『……これは我々、かつての侵略者が用いた手法の一つだ。そこに生きた文明を根こそぎ情報として吸い出し、この地に同化させる。我が王の時代には、最も忌むべき非道として厳格に禁止されていたものだ。……それを、この防衛システムが再稼働させている。奴らは、この大陸を維持するために、彼らから奪った「生」を啜っているのだ』
シンの中に去来する怒り。それはかつての同胞に対する絶望か、あるいは、自らがかつて属していた組織の汚らわしき遺産に対する嫌悪か。シンというシステムの電子的な思考回路が、激しくノイズを混じらせる。
「……王の禁忌を犯してまで、維持したい理想郷というわけか」
和泉は操縦桿を握り締めた。怒りではない。静かで、底冷えするような決意が胸に宿る。
「シン。俺たちがこの塔を砕けば、彼らはどうなる」
『……情報としての呪縛から解放される。その瞬間、彼らにとっての真の死が訪れるだろう』
「そうか。……なら、迷うことはない」
和泉は冷徹に眼下の塔を見下ろした。銀の彫像たちが見せる、魂の抜けた空虚な瞳と視線が交差する。
「全員、塔の基部を狙え。こんな非道な循環は、ここで断ち切る。データごと、奴らの都合のいい理想郷を粉砕する!」
アグレッサーたちの銃口が、銀の塔へと向けられた。
静寂が破られた中央領域で、人類による反撃の第一撃が、銀の彫像たちを照らし出した。




