フェーズ・エグジット
司令部内に爆発的な歓喜が沸き起こっていた。モニターに映し出された巨大構造物の崩落。それは不可能を可能にした、歴史的な戦術的勝利の瞬間だった。
だが、その喧騒を切り裂くように、哨戒機から悲鳴に近い報告が飛び込む。
『――緊急入電! ターゲット周辺に高エネルギー反応! 敵軍勢、統制を失い暴走、アグレッサー隊へ殺到中!』
小島が即座にメインレーダーへ視線を戻すと、そこには目を疑う光景が広がっていた。要塞を破壊された「怒り」に触れたかのように、九州上空に静止していた巨大浮遊構造体から、黒い雨のごとき勢いで追加の敵戦力が投下されていたのだ。
「……静粛に!」
小島の一喝が司令部を凍りつかせた。
モニター上では、満身創痍の和泉機を中心とした8つの青い光点が、無数の赤い光点――死の渦に飲み込まれようとしていた。
「状況は」
「最悪です! 救出ポイントは橋より北東1キロ。ですが、現在アグレッサー隊と救出部隊の間には敵の厚い壁が形成されています。ヘリの投入は自殺行為。アグレッサー8機を即座に吊り上げる装備も、迎撃を掻い潜る術もありません!」
海岸線に陣取る8機の周囲には、北と南の両道路、そして山の上から雪崩のように敵が押し寄せていた。
『こちら南雲! レールガン出力限界に近い、砲身の融解が始まっている……! 岩本、源田、保ってあと数射だ。右翼の大型を優先して叩け!』
『佐々木、山本、結城、石井! 通常弾幕を絶やすな! 威力は期待するな、衝撃で奴らの足を止め続けろ!』
南雲の悲痛な警告が飛ぶ。動力源はあっても、超高温のプラズマを放ち続けるレールガンの砲身は、すでに物理的な限界を迎えて真っ赤に焼けていた。一方、非装備機たちの実弾兵装は、敵の装甲を貫くことよりも、その圧倒的な数に対する「足止め」として機能していた。弾丸の雨が敵の進軍を辛うじて押し止めている。
だが、和泉のバイタルアラートは鳴り止まない。機体への衝撃と負荷により、和泉の心拍数は危険域を指していた。それでも、通信機から聞こえるその声に揺らぎはない。
『各機、隊列を乱すな。橋に向かって足を動かせ……。山本、石井、後方を任せる。一歩も引くな』
その絶望的な光景に、待機していた部隊の無線が割れた。
『こちら第3小隊! 救出に向かう! 仲間を見捨てておけるか!』
『第4小隊、出撃を許可されたい!』
「行くな!」と小島が叫ぶのと同時に、和泉の怒号が通信を支配した。
『来るなッ!!』
その場にいた全員が、和泉の気迫に言葉を失った。
『黙れ。貴様たちは何のためにそこにいる。仲間を守るためだろう! 俺たちが万が一失敗したとき、敵から国民を守れるのは貴様たちしか残っていないんだ。その貴重な戦力を、今ここで削らせるわけにいかないのが分からんのか!』
小島は深く息を吐き出すと、迷いを捨てた。
「……オペレーター、席を立て」
小島は部下をどかして自ら指揮官席に座ると、神速でコンソールを叩き始めた。
「一時的に防衛全般の指揮権を副司令官に委譲する。私はこれより、第1小隊・第2小隊の撤退戦オペレーターを務める」
小島の瞳に、かつての最前線で培われた鋭い光が宿る。
「各部隊長に告ぐ。これより、アグレッサーの退路を確保するための精密支援を行う。1ミリたりとも着弾をずらすな。データ連携の遅れは、彼らの死に直結すると思え」
続けて、小島は血気盛んな救出部隊へ向けて冷徹な命令を下した。
「第3、第4小隊! 貴様たちの『熱意』を『任務』に回せ。直ちに橋の中間地点まで前進、撤退してくる第1・第2小隊を援護できる防御体系を構築しろ。そこが一歩も引けぬ防衛線だ。収容準備を急げ!」
小島の指示は、驚異的な精度を伴っていた。今まで「面」での制圧に過ぎなかった陸自の砲撃と空自の掃射が、小島のナビゲートにより、敵の隙間を縫うように道を作り始める。
「山本、南からの一群は空自が引き受ける。お前は北の第2波を抑えろ。源田、左30度、山からの雪崩にレールガンを一射。砲身が溶ける前に奴らの重心を崩せ!」
小島の冷徹かつ的確なタクトが、バラバラだった火線をひとつの「生命線」へと変えていく。海岸線の絶望の淵で、8機の影がわずかに開いた一筋の退路へと動き始めた。




