関門反攻作戦6
朝日を浴びて空を舞う白銀の巨体は、敵の防衛システムにとって最大の「異物」であった。
だが、その背後では南雲と結城が放った在来線の質量弾が、あえて無秩序に、そして苛烈に敵の注意を引きつけていた。次々と迎撃され、空中で鉄の屑へと変わっていく車両群。その火花と爆炎が、本命である和泉への視線を一瞬だけ、だが決定的に遮断する。
「……今だ」
巨大構造物の外壁が、視界のすべてを埋め尽くす。
激突まで、コンマ数秒。
和泉はアグレッサーの全神経を研ぎ澄ませ、後方車両に固定していた地面ロックを「解放」と同時に叩き切った。機体の全出力を右腕のレールガンに一点集中させる。コンソールには過負荷を知らせる赤いアラートが狂ったように点滅するが、和泉の指先は迷いなく引き金を引き抜いた。
「飛べッ!」
咆哮。
前方へ向けて放たれた最大出力の閃光が、構造物の外壁に巨大な「ひび」を刻み込む。と同時に、凄まじい反動が逆走する暴力となってアグレッサーを襲った。
新幹線が前進しようとする凄まじい慣性を、レールガンの反動が強引に相殺する。先頭車両が構造物に接触し、砕け散る火球となるその中心で、和泉の機体だけが「後ろ」へと弾き飛ばされた。
爆発の奔流を突き抜け、和泉の機体は逆走するように宙を舞う。
背後では、数百トンの新幹線が、時速300キロメートルを超えるエネルギーを維持したまま、和泉の刻んだ亀裂へと食い込んでいた。内部に仕込まれた爆薬が誘爆し、無機質な巨塔にさらなる亀裂が走る。
だが、離脱しながらモニター越しにその光景を見た和泉は、直感した。
(……足りない。これだけでは、落ちない!)
和泉は叩きつけられるようなGに耐えながら、オープン回線を開いた。
「和泉より全機へ! 座標PT-08、海上より280m地点のヒビを狙え! 攻撃続行、あの塔を山側へ叩き落とせ!」
その声を待っていたかのように、司令部の小島から鋭い通信が飛ぶ。
『全機、一斉射! 目標、座標PT-08、高さ280mの亀裂へ集中しろ。撃てッ!』
和泉の機体は空中で体勢を崩し、激しく地面を削りながらも、何とか着地を果たした。
直後、空を切り裂くような轟音が戦場を支配する。
周囲は爆煙に包まれ、視界はほとんど奪われていた。だが、その向こう側では、寸分の狂いもない砲火が海上280mという超高所の「急所」へと一点に集中していた。
ギギギ、と、巨大な無機物が悲鳴を上げる。
耐えきれなくなった壁面が剥がれ落ち、自重を支えきれなくなった巨塔が、ゆっくりと、しかし抗いようのない質量をもって山の斜面側へと折れていく。
巻き上がる土煙の向こう側。
朝日を背負って、仲間たちのシルエットが浮かび上がった。源田、石井、岩本、佐々木、南雲、結城。そして、地上での防衛任務を完遂し、合流地点を死守していた山本。
彼らの機体はなおも健在であり、強固な陣を敷いて勝利の瞬間に立ち会っていた。
小島の、静かに震える声が通信に入った。
『……目標、沈黙。作戦、完了だ』
その瞬間、通信回線は各部隊からの爆発的な歓喜に包まれた。
「やったぞ!」「落ちた、本当に落としやがった!」「見たか、ざまあみろ!」
理性を忘れた軍人たちの怒号に近い叫びが、和泉の耳を打つ。
和泉は初めて、張り詰めていた神経を緩めた。
だが、彼のアグレッサーだけは限界を超えていた。各関節からは冷却液が白煙となって噴き出し、駆動系は砂を噛んだような悲鳴を上げている。無理な逆噴射と激突の余波は、機体を「死」の淵まで追い込んでいた。
和泉はヘルメットの中で汗を拭い、今は亡き恩師へ、心の中で短く告げる。
(見ていてくださいましたか、高橋一佐……。ようやく、一つ終わりましたよ)
だが、部隊の歓喜を切り裂くように、警報がコクピットに鳴り響いた。
敵の要塞が崩壊したことで、それまで統制されていた「敵」の軍勢が、個々の防衛プログラムを暴走させ、まるで怒り狂った蜂の巣のように和泉たちへと殺到し始めたのだ。
レーダーを埋め尽くす無数の光点。
一、十、百――数えるのも愚かしくなるほどの赤。
実弾兵装を主とする僚機たちの残弾は枯渇に等しい。対して、和泉の機体は動力が残っている限りレールガンの発射は可能だが、機体そのものがいつ空中分解してもおかしくなかった。
「各機、状況報告」
和泉の冷徹な声が、沸き立っていた回線を一瞬で引き締める。簡潔な応答が重なった。
『源田、残弾ゼロ。格闘戦に移行、迎撃準備完了』
『石井、機体異常なし。格闘戦用兵装を展開、配置につく』
『山本、合流完了。全機健在、これより殿を担う』
仲間たちの機体は正常稼働を確認。和泉は、警告表示で真っ赤に染まったモニターを見据え、即座に命じた。
「これより、作戦フェーズ・エグジットを開始する。これからは撤退することだけ考えろ。行くぞ」
和泉はアグレッサーを一段低く構えた。機体はボロボロだが、動力源を食いつぶしてでもレールガンを放つ用意はある。
静寂を、無数の敵の駆動音が塗りつぶしていく。
死の包囲が、一歩ずつ、確実に縮まっていく。
和泉はただ、眩しすぎる朝日を睨みつけた。




