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血の海路と、鉄の棺

佐々木の命が淡い蒼い光の粒子となって夜明けの空へ溶けていった直後、機能を完全に停止した白亜の機体は、重力に従ってゆっくりと海中へ沈み始めていた。


和泉は冷却を終えた『キメラ』のメインスラスターを限界まで吹かし、海面へと急降下した。完全に水没する寸前、キメラの太いマニピュレーターが、佐々木機の黒焦げになったフレームを力強く掴み上げる。

和泉はそのまま機体を引き揚げると、強襲揚陸艦の開け放たれたハッチへと一足飛びに向かい、甲板で待機していた伊達たちの前へと優しく横たえた。


「伊達、こいつを頼む」


外部スピーカーで短く告げると、和泉は機体を再び海原へと反転させ、全機通信を開いて咆哮した。


「行くぞお前ら! 突っ込んでくる馬鹿どもを全部叩き壊すぞ!」


和泉の背後では、要塞の絶対防衛線であった大型砲台群をすべて失ったことで、敵の自律防衛システムが完全に異常を来していた。守るべき拠点を失い、ただ目の前の艦隊を道連れにするためだけに、海面を埋め尽くす数万に及ぶ船型の敵と自律兵器の群れが、統制を失ったまま一斉に特攻を開始していたのだ。


空と海を埋め尽くすほどの絶望的な質量が、地鳴りのような駆動音を響かせて迫ってくる。小島もまた旗艦の防衛システムを限界まで唸らせ、鋭い声を通信帯に走らせた。


「各員、ただちに前線へ展開! 奴らをここで食い止める!」


和泉はすぐに小島と連携し、部隊を率いて激突の最前線へと躍り出た。

仲間を失った絶望に押し潰されるような男ではなかった。むしろ、その顔にはいつもと変わらぬ不敵な笑みすら浮かんでいた。数万という絶望的な戦力差など、あの日、関門海峡でたった一機の試作機から抗い始めた時からずっと変わらない。いつも通りに仲間を信じ、いつも通りに己の牙を振るうだけだった。


「シン、敵の密集地帯のデータを寄こせ。一機も残さず海の藻屑にしてやる」


『了解した。……お前のその、呆れるほどの泥臭い頑丈さには救われるな』


キメラの両腕から放たれるレールガンが、特攻を仕掛ける船型の敵を内側から次々と爆砕していく。返す刀で対艦用ブレードを抜き放ち、肉薄してきた自律兵器の群れを鋭い一閃でまとめて両断した。


和泉のいつもと変わらぬ圧倒的な強さと背中に引っ張られるようにして、金子、源田、酒井、旗艦から放たれる小島の的確な援護射撃、そして片倉たちの中隊長たちも死に物狂いで引き金を引き続けた。


しかし、数万という文字通りの数の暴力を前に、艦隊の防衛網は限界を超えて削られていった。自爆を厭わない敵の兵器が容赦なく襲いかかり、ここまでともに戦ってきた護衛艦たちが、激しい炎に包まれていく。今回の作戦に参戦した艦艇の、じつに半数。それだけの数が、黒煙を上げながら冷たい海の底へと次々に沈んでいった。


戦いは、数時間に及んだ。

陽光が海原を完全に照らし出し、硝煙と焦げた金属の臭いが立ち込める頃、ようやく数万の狂気的な特攻は途絶えた。海面には、敵の無機質な残骸と味方護衛艦から流出した重油が混ざり合い、文字通りの血の海路が広がっていた。


荒い息を吐きながら、海上で警戒を続けるアグレッサーたち。やがて、もうもうと立ち込めていた黒煙と蒸気が海風に流され、視界が晴れていく。

崩壊した壁の向こう――その先に広がっていた景色を目にした瞬間、彼らは言葉を失った。


海岸線から続く緑豊かな自然や、うねるような山々の稜線は、かつてそこにあった地球の自然のまま残されていた。しかし、人間の営みがあったはずの都市や建造物だけが、銀色に鈍く光る未知の金属で完全に覆い尽くされていたのだ。


コンクリートのビル群だったものは規則的な幾何学模様の異質な構造物に作り替えられ、かつての市街地には血管のように太いエネルギーチューブが縦横無尽に這いまわっている。美しい大自然の中に、彼らの手によって作り替えられた銀色の無機質な建造物群が奇妙に同居する、名状しがたい光景だった。


そして、その不気味に侵食された市街地の遥か奥。

分厚い雲を突き抜けるほどの異常な高さを誇り、周囲の空間すら歪ませるほどの莫大な重力場を放つ超巨大構造物――アジア大陸を支配する『神の城』が、威容を現した。


「ようこそ、地獄の1丁目ってわけか……」


コックピットの中で、和泉は獰猛な笑みを浮かべた。

しかし、その張り付いたような不敵な仮面の裏側で、和泉の心はひどく軋み、音を立てて削り取られていた。独立軍を牽引する最強の男が、周囲に弱みを見せるわけにはいかない。痛みをひた隠しにし、誰にも悟られまいと、彼はより一層分厚い鎧を心に纏っていた。


(……もう誰一人、死なせはしない。俺が全部、救ってやる)


心の底で血を流しながら、一人で完璧な救済を決め込む危うい決意。佐々木が護り抜いた命も、背負わされた重い誓いも、すべてを自分一人の肩に背負い込むように、和泉は操縦桿を強く握りしめた。


『……全機、帰還せよ』


通信機から聞こえる小島の声には、激戦の疲労と、失った多くの命への痛惜が深く滲んでいた。


和泉はキメラを強襲揚陸艦の甲板へと着艦させ、火花と熱気が渦巻く格納庫へと足を踏み入れた。出撃したパイロットたちが次々とコックピットから降り立ち、無言のまま格納庫の中央へと歩みを進めていく。


そこには、開戦直前に和泉が引き揚げた佐々木の機体が安置されていた。


「佐々木さん……」


金子が口元を押し当て、その場に崩れ落ちるように膝をついた。

格納庫の照明に照らされたその機体は、かつて白亜の美しさを誇っていた装甲のすべてが飴のように溶け落ち、内側のフレームが黒焦げになって剥き出しになっていた。両腕は失われ、何十もの敵の刃に貫かれたコックピットハッチは無残に歪み、二度と開くことのない鉄の棺と化している。


周囲では、生き残ったパイロットや艦艇の乗組員たちが、失われたあまりにも多すぎる仲間たちのために、声を殺して激しく肩を震わせていた。


和泉は、その無残な抜け殻の前に立ち、静かに見上げた。佐々木の命は空へと消えたが、最期の瞬間まで人類の盾として立ち塞がり、自分たちを護り抜いたという動かぬ証拠がここにあった。伊達は無言のまま、その鉄の棺に向かって深く頭を下げていた。


「佐々木。お前は約束を守ったんだな。……あとは俺たちが守る番だな」


和泉はそう呟き、深く、長く息を吐き出した。


――その後。

艦隊が侵入可能な領域を確保し、陣形再編の作業が進む中、和泉は喧騒の続く格納庫を離れ、強襲揚陸艦の甲板の最端へと一人で足を運んだ。


周囲には誰もいない。ただ、硝煙を含んだ冷たい海風だけが吹き抜けていく。


和泉は手すりに手をかけ、眼下に広がる黒く濁った海を見つめた。

自分の命令で、自分の引いた作戦のせいで、艦隊の半数もの船が沈み、数え切れないほどの命が失われた。誰も守れてなどいない。関門海峡のあの日から、自分はいつも仲間に、佐々木に、守られてばかりいる。その圧倒的な重圧と自責の念が、暗い泥のように胸の奥底へ沈殿していく。


和泉は、静かに右手を額へと突き上げた。

誰に見せるわけでもない。ただ、冷たい海の底へ眠った半数の艦艇の仲間たちと、空へ散った一人の戦士へ捧げる、無言の敬礼だった。


そのまま、微動だにせず海を見つめ続ける。

強く吹き付けた海風が、和泉の頬にいつの間にか滲んでいた冷たい熱を、音もなく連れ去っていった。

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