違和感
夜明けの海を、波頭を蹴立てて突き進む『キメラ』のコックピット。
周囲では、発艦した無人機群の飛行音と、護衛艦から放たれるミサイルの航跡が空を覆い尽くしていた。
『……和泉。敵のチャージ速度自体は、事前のデータと寸分違わない。だが、要塞全体のエネルギー波形に説明のつかない淀みがある』
脳内にリンクするシンが、微かなノイズを混じらせて警告を発した。
『この狂った防衛システムには、不気味なほどの底知れなさがある。何かを仕掛けてくるかもしれない。……気をつけろ』
「わかってる。だが、やることは変わらねえ。俺たちが先手を取って、あの五つのデカブツを粉砕するだけだ」
和泉が操縦桿を握り直したその時、要塞の沿岸部と海面から、無数の敵が艦隊を迎え撃つべく押し寄せてきた。先ほどの戦闘で見せた船型の敵に加え、近接戦闘に特化した海上の自律兵器群が、凄まじい速度で距離を詰めてくる。さらに、要塞のあちこちに配置された無数の小型砲塔が一斉に火を噴いた。
「全艦、弾幕を張れ! 一匹たりとも本隊には近づかせるな!」
護衛艦群が一斉にCIWSと対空ミサイルを展開し、押し寄せる敵の群れに痛烈な牽制を入れる。その激戦の最前線で、パイロット部隊『境界線のアグレッサー』は、各砲台を確実に沈めるための完璧な防衛陣形を敷いていた。
右翼では、片倉中隊が圧倒的な機動力で敵の射線に割り込んでいた。
「杉田、岩本、石井! お前らはチャージに集中しろ! こっちの雑魚と小型砲台は俺たちが全部引き受ける!」
片倉の怒号が通信を駆け抜ける。彼らが盾となることで、第五砲台を狙う三人のチャージが維持されていた。
左翼の第一砲台を狙う金子中隊の周囲では、小島直轄の護衛部隊が厚い弾幕を張り、群がる敵機を次々と撃ち落として彼女の射線を完全にクリアにしていた。
さらに中央では、旗艦の最大チャージを護るべく、佐々木中隊が鉄壁の陣形を構築し、海上の自律兵器を一切寄せ付けない。和泉にいたっては、単騎で死角へと潜り込み、己の反射神経だけで迫り来る光線の雨を掻い潜りながらチャージを進めていた。
そして、第二砲台。
「お前ら、源田と菅野の射線を絶対に死守しろ!」
酒井の号令のもと、彼の中隊員たちが海上から迫る近接型をブレードで両断し、砲塔からのビームを次々と切り払って二人を守り抜く。
「前衛部隊、完璧だわ……第一砲台、いつでもいける!」
金子がレールガンの照準を正確に固定する。
「第二砲台、ロック完了だ! 限界突破寸前だぜ」
源田と菅野の機体が、膨大なエネルギーを脈打たせる。
「第四砲台、照準固定。……小島、こっちの準備は完了だ。いつでも号令をかけろ」
和泉の『キメラ』の両腕が、紫色の雷光を帯びて激しく鳴動した。
旗艦の作戦会議室。小島はモニターのゲージを見つめ、全艦と各部隊のタイミングが完全に一致するその一点を見極めていた。
『……全火器、一斉射撃まで残り五秒』
小島の冷徹なカウントダウンが、全ネットワークに響き渡る。
前衛で弾幕を防いでいた片倉中隊や佐々木たちが、機体を限界まで捻って射線をクリアにした。
『4……3……2……』
小島のカウントが非情に刻まれていく。
『1……』
その瞬間、前衛指揮を執っていた酒井が機体の出力を限界まで引き上げた。巨大化させたエネルギーブレードを構え、第二砲台へと真正面から突撃する。
「沈めェェッ!」
酒井の裂帛の気合と共に放たれた渾身の刃が、第二砲台の分厚い特殊装甲を十字に深く切り裂いた。
『――今だ、撃てッ!!!』
小島の号令と同時。
わずかに生じた装甲の裂け目へと、源田と菅野の暴力的な最大火力が完璧なタイミングでねじ込まれた。
それと同時に、旗艦の最大チャージ主砲が放つ極太の閃光が、海面を割りながら一直線に飛来し、中央の第三砲台を真正面から貫く。第一砲台には金子の一点突破の狙撃が、第五砲台には杉田・岩本・石井たちの波状攻撃が、そして第四砲台には和泉の単独最大火力が、それぞれ担当する砲台の死角へと正確に突き刺さった。
天地を揺るがす轟音と共に、世界が白く染まった。
五つの巨大な爆発が同時に発生し、ユーラシア大陸の沿岸部を覆っていた未知の金属装甲が、連鎖的に吹き飛んでいく。放たれるはずだった敵の絶望的な一撃は砲身ごと破壊され、要塞の内部で莫大な自爆エネルギーとなって暴れ狂った。
爆風が吹き荒れる中、モニター越しにそれを見ていた旗艦の司令部、そして海上のアグレッサーたちから、割れんばかりの歓声が上がった。
「やったぞ! 五つの巨砲、完全破壊!!」
誰もが作戦の成功を確信し、次なる前進へと舵を切ろうとした、まさにその時だった。
『――和泉! 艦隊を退避させろ! あれを食らえばすべてが吹き飛ぶぞ!!!』
シンの、かつてないほど切羽詰まった絶叫が脳内に響いた。
「なんだと……!?」
和泉が視線を向けた先。
旗艦の主砲によって完全に破壊され、猛烈な黒煙と蒸気を吹き上げている中央の第三砲台。その残骸が、突如として内側からの尋常ではない圧力によって弾け飛んだ。
敵は、巨大な第三砲台そのものを攻撃用ではなく、真下を護るための「盾」として利用していたのだ。第三砲台に充填されていた莫大なエネルギーは、直撃する旗艦の最大チャージ主砲を相殺するための極大の防壁であり、同時に、そのさらに奥深くで密かにチャージされていた真の反応を完全に覆い隠すカモフラージュだった。それが、シンの感じていたエネルギーの淀みの正体だった。
旗艦の主砲と相殺し合い、役目を終えて吹き飛んだ第三砲台の残骸の下。地の底から湧き上がるような重低音と共に、これまでの五基を遥かに凌駕する異様な威容を誇る『第六の巨砲』が、ついにその真の砲口を露わにした。
「嘘だろ……!」
源田が呻く。
敵は最初から五つの巨砲を囮とし、完全にチャージを終えたこの第六の砲台を、中央の装甲の下に無傷のまま隠し持っていたのだ。旗艦の最大攻撃を防ぎ切ることすら、奴らの計算通りだった。
圧倒的で理不尽な死の閃光が、歓喜に沸いた直後の油断しきった艦隊のド真ん中へと放たれようとしていた。




