表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
121/132

境界線のアグレッサー

朝の光が完全に海原を照らし出す頃、和泉の駆る『キメラ』は、波飛沫を上げる強襲揚陸艦の甲板へと滑るように着艦した。


迎えに出た伊達をはじめとする整備兵たちは、皆一様に息を呑み、その場に縫い止められたように立ち尽くした。激しい十字砲火と極太のプラズマの網目を単騎で潜り抜けてきたはずのその機体には、焦げ跡一つ、駆動系の不調を示す微かなノイズすら生じていなかったのだ。最強の男が、完全なる無傷のまま死地から帰還を果たした。


あまりの圧倒的な威容に、誰も機体に近寄ることすらできない。ただ畏怖と敬意が入り混じった深い静寂の中、重いハッチがプシュゥッと音を立てて開いた。


コックピットから降り立った和泉は、待ち構えていた小島へと真っ直ぐに歩み寄り、当然のように口を開いた。


「戻ったぞ。……作戦はできているな、小島」


データが届いているかなどという野暮な確認はしない。自分が命を懸けて抜いた死角の情報を、この男がすでに極上の勝利への道筋へと変換しているという、長年の戦友に対する絶対的な信頼がそこにはあった。


対する小島はいつもと変わらぬ様子で、盤上の勝ち筋を完全に見切った者の静かで揺るぎない笑みを浮かべていた。


「ああ。完璧な盤面が整っている。……だがその前に、五分やるからシャワーでも浴びてこい」


「あ?」


「死地へ向かうエースが汗臭くては士気が下がる。この作戦は一瞬のズレも許されないが、俺たちの勝利への算段はもう組み上がっている。そのくらいの余裕は持たせろ」


小島の粋な言葉に、和泉はフッと口角を上げ、「なら、言葉に甘えさせてもらう」と背を向けた。極限の戦場において指揮官たちが見せたこの「余裕」が、張り詰めていた周囲の兵士たちの緊張を、力強く確かな闘志へと変えていった。


五分後。シャワーで汗と硝煙を洗い流した和泉が作戦会議室へ姿を現すと、すでに小島と各中隊の隊長たち、独立軍として艦隊を動かす護衛艦の艦長たちがホログラムモニターを囲んで待機していた。


モニターには、和泉が暴いてきた敵要塞の全容と、横一列に並ぶ「五つの大型砲台」の配置、そして味方艦隊の陣形図が赤と青の光で浮かび上がっている。


「作戦を伝達する。いいか、この作戦はここで決まる。一度しか言わんぞ」


小島の声に、会議室の空気が一瞬で氷のように張り詰めた。


「敵の最大の脅威である五つの巨砲、これを同時に潰す。それが成され次第、艦隊全体で一斉に前進を開始する。空母群は残存するすべての航空戦力を発艦させ、敵の位置把握と足止めに徹し、上空警戒網を完全に制圧しろ」


小島は画面の側面を指差し、艦長たちを見据えた。


「護衛艦群は旗艦の横から展開し、CIWSと対空ミサイルで接近する海上の自律兵器や小型砲塔をすべて叩き落とせ。民間船はその後ろに付き、修理や弾薬補給を迅速に行わせるんだ。本隊の陣形を絶対に崩すな」


艦長たちの力強い頷きを確認し、小島はホログラムの中央に浮かぶ「五つの巨砲」へと視線を移した。青い光のマーカーが、それぞれの砲台へと転送されていく。


「ここからは秒単位の同時修正になる。まず、もっとも強大な中央の第三砲台――これは我が艦隊の旗艦が持つ最大チャージの主砲で、真正面からぶち抜く。そして、残る四門の砲台は左右から順に各パイロット部隊で担当し、旗艦の砲撃とコンマ一秒の狂いもなく同時に叩き潰す」


小島が画面の左端を示した。


「第一砲台は金子中隊だ。面制圧じゃない、チャージ攻撃を全弾一点に合わせろ」


「了解した。中隊全員で確実に一点を撃ち抜いてみせる」


部隊を率いる隊長として、金子が真っ先に力強く頷いた。小島は視線を動かし、その隣のマーカーを叩く。


「第二砲台は源田と菅野の最大火力、そして酒井中隊で落とす。装甲が極めて分厚い。酒井、上手く連携して源田たちの射線をサポートしろ。絶対に撃ち漏らすな」


「任せろ。跡形もなく消し飛ばしてやる」


源田が不敵に笑うと、酒井もそれに続いた。


「うちの部隊できっちりサポートするさ。暴れ馬の手綱を握るのは慣れてる」


「よし。そして右から二番目、第四砲台だ。――和泉、お前単独の最大火力で沈めろ」


小島の言葉に、和泉は獰猛な笑みを浮かべて言い放った。


「当たり前だ。正面からぶち抜いてやる」


「最後に右端の第五砲台。ここは杉田、岩本、石井、片倉の中隊による総攻撃でこじ開けろ」


「大船に乗ったつもりで任せてください!」


岩本が胸を叩き、杉田や石井たちもその目に鋭い殺気を宿らせた。

小島の緻密かつ大胆なタクトに、隊長たちも艦長たちも迷いなく頷いた。艦隊の主砲と、各エース級の部隊の火力を五つの巨砲へ一斉に叩きつける。一歩も引かない真っ向からのカウンターだ。


「よし。説明は以上だ。艦長たちは各艦へ戻り指揮を執れ。隊長たちはただちに解散し、各機最終調整に入れ!」


小島の号令を受け、全員が敬礼と共に足早に会議室を後にした。


出撃の刻が迫る中、和泉は真新しい野戦服に身を包み、広大な機体格納庫へと足を踏み入れた。


そこには、これからの決戦に出撃するすべてのパイロットたちが集結していた。彼らは皆、最後の点検を行う機体を見上げながら、静かに闘志を燃やしている。


和泉は彼らを見渡し、ホログラムモニターを調整している小島を一度手で制して、口を開いた。


「出撃の前に、一つ決めておくことがある。……なあ、お前ら。俺たちの呼び名を決めよう」


和泉の唐突な提案に、源田や金子たちパイロットが顔を見合わせる。


「今まで俺たちは、ただの『試作機』から始まり、色々と言われてきた。だが、そろそろ俺たちも独立軍になったんだ。この土壇場に来て、俺たちパイロットの総称すらないってのは……どうにもつまらねえ」


和泉はニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。


「どうせなら、世界を救った名前を大々的にいおうじゃねーか」


その言葉に、パイロットたちの顔に次々と誇り高い笑みが広がっていく。人類史上最大の反攻作戦の要となる彼らにとって、名も無き亡霊のまま世界を救うなど、性分に合わなかった。彼らは最初から捨て駒などではない。自らの意志で、この世界の未来を掴み取るために集った、誇り高き戦士たちだ。


「いいですね。それで、和泉さん。何か案はあるんですか?」


石井の問いに、和泉は力強く告げた。


「『境界線のアグレッサー』だ。これが、俺たちパイロットの総称であり、俺たちが駆るこの機体たちの名前だ」


その名前に、源田が鼻を鳴らし、金子がふっと微笑む。その名が歴史に刻まれる瞬間を、全員が静かに、そして熱く噛み締めていた。


和泉が拳を握りしめると、パイロットたちも一斉に立ち上がり、凄まじい気迫と共に声を上げた。


「総員、機体に搭乗しろ! これより、我がパイロット部隊『境界線のアグレッサー』は、人類の存亡を懸けた中央突破作戦を開始する!」


「おおおおおっ!!」


格納庫を揺るがす咆哮と共に、彼らは自らの牙へと滑り込んでいく。

世界を救うため、迷いなく前だけを見据えて進む彼らの背中は、確かに人類の希望そのものだった。


だが――。


出撃していく『キメラ』たちのコックピットの中で、和泉の意識の底にリンクするシンが、不意に小さくノイズを弾かせた。


『……和泉。要塞のエネルギー反応に、微細な変異イレギュラーを感知した』


「変異だと?」


『ああ。お前が先ほどカメラに収めたデータから、五つの巨砲の充填速度がわずかに加速している。……いや、これは加速ではない。まるで、こちらの作戦を見透かし、誘い込んでいるかのような……不気味な規則性を感じる』


夜明けの海を往く『境界線のアグレッサー』たちの視線の先。

黒光りする大陸の巨大要塞は、不気味な白群色の光をさらに深く脈動させながら、まるで這い寄る巨大な影のように、静かに彼らを待ち受けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ