偵察
夜明けの鈍い光を反射する波間を、和泉の駆る『キメラ』が滑るように突き進んでいた。
機体の駆動音と熱紋を極限まで抑え込んだ、完全なる索敵特化モード。和泉の視界には、意識の底でリンクするシンが解析した安全なルートが、細い緑色のラインとして投影されていた。目前にそびえ立つのは、黒光りする未知の金属装甲で覆われ、無数の砲門をハリネズミのように突き出した巨大要塞だ。
(……静かすぎるな)
和泉の直感が、警鐘を鳴らす。
敵の防衛網の隙間を縫って要塞の懐へ潜り込もうとしたその瞬間、シンの無機質な声が脳内に緊迫した響きを伴って弾けた。
『和泉、回避しろ! 欺瞞空間だ、ステルスが突破されている!』
直後、要塞の沈黙が破られた。
海面スレスレを飛翔する和泉の機体を完全に捕捉するように、海岸線の分厚い装甲がスライドし、地下から巨大な構造物がせり上がってきたのだ。
それは、先ほどの海戦で遭遇したものとは比較にならないほど巨大な、威圧的な砲身を持った大型砲台だった。一つ、二つと海水を撒き散らしながら姿を現し、その数は全部で「五つ」。
砲身の奥で、空間を歪ませるほどの莫大なエネルギーが収束し、不気味な白群色の光を放ち始める。
「この火力……!」
『……計測完了だ。敵の大型砲台、計五基。この出力がそのまま後方の艦隊へ向けられれば、防衛シールドを貫通し、艦隊の過半数が一瞬で蒸発するぞ』
シンの弾き出した計算結果は、絶望的なものだった。もしこの巨大砲台の存在を見落としたまま艦隊を前進させていれば、輸送艦や民間船も含め、彼らは間違いなく海の藻屑と化していたはずだ。
「さきに撃たせるわけにはいかねえな。……ここで全部の火力を暴いてやる! ついでに、他の連中がどんな攻撃手段を隠し持ってるかもきっちり把握してやるか」
和泉はステルスを即座に解除し、メインスラスターを限界まで吹かした。回避に専念して逃げるのではなく、あえて敵のド真ん中へと突っ込み、即時反撃に出るという狂気の決断だった。
和泉の機体が紫色の残像を引いて跳躍した瞬間、正面に位置する一基の巨砲から即時攻撃となるプラズマの奔流が放たれた。
回避が間に合わないと悟った和泉は、咄嗟にシールドを前面に集中展開して強引に耐え凌ぐ。機体が激しい衝撃に軋み、大気が沸騰して海面が爆発的に蒸発した。
その業火の向こう側で、残る四つの巨砲は、地響きを立てながらこちらへと一斉に照準を合わせ始めていた。
(さらに、海上からもか……!)
極太の火線を掻い潜る和泉の視界の端で、先ほどの戦闘で遭遇した「船の形をした敵」が無数に海面を這い進んでくるのが見えた。その甲板には近接戦闘特化型の自律兵器がびっしりと搭載され、こちらへの接近と包囲を狙っている。
「オラァッ!」
和泉は機体を錐揉み回転させながら、レールガンを連続で放った。
何度か反撃の閃光が敵陣を叩くが、チャージしきれない状態のレールガンでは、あの五つの巨大な砲台の分厚い装甲にはほとんどダメージが入らない。弾かれるように火花が散るだけだった。だが、正面に陣取る中型砲塔やその周囲に群がる小型の砲塔などは、チャージ不足の攻撃であっても十分に破壊対応が可能であり、次々と小気味よく爆砕していく。
巨大砲台群から、大気を沸騰させるような次の一撃の予兆が放たれる。
「サポートを頼む、シン! お前は俺の回避予測に集中しろ。奴らの次弾装填までのタイムラグや砲塔の旋回速度のデータは、カメラを通してあいつらが何とかする!」
『了解した。敵砲火の弾道予測、および回避ルートの演算を私が引き受ける。貴様は機体の制御と陽動に集中しろ』
シンの超高速演算が弾き出す完璧な回避予測ルートに従い、和泉は物理法則を嘲笑うかのような機動で極太の火線と十字砲火を紙一重で掻い潜り続ける。
(……俺の仕事はここまでだ)
和泉は、五つの巨大砲台と無数の敵船の射線を自身へと強引に引きつけながら、コックピットの中で獰猛な笑みを浮かべた。
この命がけの戦いは、後方にいるあいつらが見ている。かつて下関に踏みとどまり、多くの人のサポートにより共に反撃を開始した「アグレッサー」の仲間たちだ。激化する戦いの中で真実を知り、人類史上初となる「巨大構造体撃墜」への険しき道を共に歩んできた最高の戦友たちである。
俺が命を懸けてカメラで抜いたこの死角と火力データは、すべてあいつらに届いている。
あとの行動は、あいつらに任せる。
一方、旗艦の作戦会議室。
メインモニターには、和泉の機体が敵に捕捉され、絶望的な火力の網に囲まれたことを示す真っ赤な警告が点滅していた。
「ステルスが見破られただと……!? あの砲台の出力、規格外すぎるぞ!」
源田がモニターを睨みつけながらギリッと歯を鳴らす。
小島達は、モニター越しに伝わる規格外の威容と出力を前に、艦隊に積まれた通常兵器ではあれを真正面から壊すことは不可能だと悟り、即座に一点突破のための作戦を練り始めていた。
その隣では、佐々木が静かに、しかし力強い視線で青い光点――和泉の現在位置を見つめていた。
「隊長は、敵の火力を引き出し、自ら標的になることでデータを集めているんだ」
佐々木の言葉に、小島が血走った目でコンソールを叩きながら頷いた。
「ああ。あいつのカメラ映像から弾き出される大型砲台五基の火器管制データ……一ビットたりとも取りこぼすな! 受信・解析と同時に、全艦の火器システムへ連動させろ!」
司令部のオペレーターたちが怒号を交わしながら、和泉の切り開く「突破口」を確実な勝利へ繋げるべく、死に物狂いでシミュレーションを構築していく。
そして、彼らの足元にある旗艦の広大な格納庫では、火花と熱気が渦巻いていた。
「急げ! 和泉さんが戻ってくるまでに、全機の関節駆動部の熱ダレをクリアにするんだ! 予備の冷却材を全部持ってこい!」
整備班の若手隊員が叫びながら、中破した機体の装甲を剥がし、新しいパーツを強引に溶接していく。彼らは、和泉が持ち帰るデータをもとに始まる「次なる総力戦」に向けて、一秒の遅れも許されない極限の整備を続けていた。
「五つの大型砲台……あんなものを好きに撃たせれば、俺たちの艦隊は一瞬でスクラップだ」
別の整備兵が汗を拭いながら格納庫の天井を仰ぎ見た。
その傍らで、スパナを握りしめた伊達は言葉を発することなく、ただ力強く頷き、再び無言で目の前の機体整備へと没頭した。その油にまみれた背中が「和泉が帰ってくるまでに準備を終わらせる」という絶対の意志を雄弁に語っていた。
再び、死の舞踏が繰り広げられる絶望の汀。
和泉は巨砲から放たれる十字砲火の中を、シンのナビゲートに従い物理法則を嘲笑うような軌道で駆け抜けていた。
『――和泉、敵の大型砲台がそろそろ全部こちらを捕捉する。さすがにこれ以上の集中砲火はシールドが持たない。即時離脱しろ』
シンの警告が脳内に響く。
「了解だ。……小島、これより戻る」
五つの巨大砲台が完全にこちらへ向き直り、致命的な一撃を放とうとするほんの少し前。和泉は深追いせず、鮮やかに前線から機体を引いた。
短く通信を艦隊へ送信した直後、機体を反転させ、背後から迫る無数の閃光を振り切りながら一直線に帰路についた。その顔には、仲間たちを信頼しきった獰猛で揺るぎない笑みが浮かんでいた。




