異形の海上陣形
はるか西、アジア大陆側を望む水平線が、黒く蠢く「壁」となってこちらへ押し寄せてくる。
旗艦である強襲揚陸艦の甲板に立つ和泉の視界にも、その常軌を逸した敵の姿がはっきりと映し出されていた。
「……なんだありゃあ。船、なのか?」
隣に立つ源田が、スコープ越しに敵影を捉えて呻く。
彼らがこれまでの地上戦で相手にしてきたのは、空から降ってくる自律兵器や、空中に浮かぶ『神の城』だった。しかし、海上で彼らを待ち受けていたのは、そのどちらでもない異形の戦術だった。
海面を埋め尽くす無数の小型機体が、互いにスクラムを組むように強固に連結し、いくつもの巨大な「浮力体」――すなわち『船』のような足場を形成している。その数はおよそ百隻。
そして陣形の中央には、それらの小型船に周囲をガッチリと支えられ、守られるようにして、艦隊を丸ごと消し飛ばせそうなほど肥大化した超巨大な砲台を載せた「一隻」の異形巨艦が鎮座していた。
『敵影の詳細データ出ます!』
ブリッジのオペレーターから、緊迫した報告が通信回路に響く。
『中央の巨大砲台艦を中心に、周囲を固める小型船が約百隻! 初期感知での敵総数は約二千五百――待ってください、反応がさらに増えています! 二千六百、二千七百……! 敵機、今なお継続して増殖中! 巨大砲台、こちらに砲口を向けてきます!』
水平線の彼方から、リアルタイムで敵の光点がレーダーを埋め尽くしていく。まともに撃ち合えば、後ろに控えている装甲の薄い民間船など一溜まりもない。
だが、和泉の顔に焦りはなかった。彼は極めて冷静に状況を見極め、冷徹な声で通信を入れた。
「アグレッサー全機、射線を空けろ。……向こうが撃つ前に、一番デカい的をぶち抜く」
和泉の指示に呼応し、前衛に展開していたキメラ機体たちがサッと左右に散開する。中央の巨大砲台艦への射線が完全にクリアになったのを確認し、和泉は言葉を続けた。
「本艦、超巨大レールガン発射準備。……撃て」
ズドォォォォォォォォォォォォッ!!!
海が、割れた。
強襲揚陸艦の艦首に鎮座する、シンと技術班が徹夜で組み上げた規格外の魔改造レールガンが、凄まじい駆動音と共に青白い極太のプラズマを迸らせた。
放たれた光条は、海面を抉りながら一直線に敵の陣列へと突き刺さる。神の遺産であるエネルギー・ハブを直結させたその一撃は、地球の兵器の常識を完全に置き去りにしていた。
光条が触れた瞬間、敵の中央巨大砲台は発射の暇すら与えられずに蒸発し、それを支えていた連結機体ごと、海上に巨大な爆発の華を咲かせた。周囲をガードしていたものも含め、十数隻の敵の『船』が、たった一撃で塵となって消し飛ぶ。
「ヒューッ! さすが神様のパーツをブチ込んだだけはあるぜ!」
源田が歓声を上げ、艦隊全体からどよめきと歓喜の声が上がる。
だが、和泉の目は冷めきっていた。
(シン、次弾装填はどうなっている?)
『……威力は申し分ないが、地球製の砲身がもたない。冷却システムをフル稼働させても、次弾発射までに約五分のタイムラグが発生する』
その懸念を裏付けるように、ブリッジからも「レールガン砲身、限界温度! 冷却完了まで五分かかります!」という報告が上がる。
平時であれば短い時間だが、秒単位で生死が分かれるこの戦場において、五分という隙はあまりにも致命的だった。
敵は、その隙を見逃さなかった。
中心の核を失いながらも、生き残った敵の『船』から、びっしりと乗り込んでいた無数の近接特化型の敵兵器が一斉に海面へと身を躍らせたのだ。彼らは海に沈むことなく、内蔵されたスラスターと表面張力を利用して、海面を滑るように跳躍しながら凄まじいスピードで艦隊へと殺到してくる。
和泉は手にしていた対装甲ライフルを素早く背部へと懸架すると、海面へ飛び出す直前の激しい機動に備え、あらかじめ足元の甲板に直置きし、固定クランプで繋ぎ止めてあった自機用の改修型レールガンを力強く掴み取った。重いロック解除の金属音が響き、重量感のある砲身を正面に構え直しながら、通信回路を切り替えた。
「小島、全体の指揮は一旦お前に預ける。俺と源田、佐々木、石井、岩本、伊達、酒井……一列目の面々で前に出て、敵の波頭を削り落とす」
『了解!』
指揮権を委譲された小島が、即座に戦術ネットワークを通じてアグレッサーと全艦隊へ矢継ぎ早に命令を飛ばす。
『各護衛艦およびミサイル護衛艦は、陣形を維持したまま対空・対水上戦闘用意! 民間船と輸送艦に絶対近づけるな、全弾撃ち尽くす勢いで弾幕を張れ! 空母航空隊は直掩機を発進、上空から迎撃しろ!』
小島の号令と同時に、外郭を固める数十隻の護衛艦群から無数の対艦ミサイルと主砲が放たれ、空母から飛び立った戦闘機が空を覆う。
『片倉中隊は後ろから外郭へ回り、護衛艦群の防衛ラインの援護に向かえ!』
アグレッサーたちもまた、小島の的確な指示を受けて完璧な連携で動き出す。
その隙に、和泉は最前線の通信回線を開いた。
「出るぞ! 俺が中央前方に突っ込む。佐々木は俺の後ろにつき、旗艦周辺への攻撃を防ぎつつ援護に回れ!」
『了解! ここは一歩も通しません!』
「源田、伊達は左前方を抑えろ! 石井、岩本、酒井は右前方で敵の波を叩き割れ!」
和泉の指示に、エースたちが獰猛な声で応じる。
『オラオラァ! 左のカス共は俺たちで全部スクラップにしてやるぜ!』(源田)
『右は任せろ。一匹残らず斬り伏せる!』(酒井)
白き獣たちが、艦隊の防衛網を自ら飛び出し、黒く蠢く死の波濤へと真っ向から突え入る。
中央の最前線を駆ける和泉は、甲板から持ち替えた改修型レールガンを容赦なく連射し、群がる敵の波を分厚い装甲ごと強引に抉り開けていった。さらに砲撃の隙を突いて四方から食らいつこうとする近接型には、瞬時にプラズマブレードを抜き放ち、その無機質な胴体を次々と両断していく。
本来ならば多勢に無勢、瞬く間に背後を取られて食い殺される無謀な突出だ。だが、和泉の動きに一切の迷いはない。
後方にピタリと追従する佐々木が、重機関砲の苛烈な弾幕と巨大なシールドを駆使し、和泉の死角から旗艦へと抜けようとする敵をことごとく粉砕していたからだ。振り返る必要すらない。佐々木という男が構築する完璧な「盾」に背中を預け、和泉はただ眼前の敵を解体し、前進することのみに己の全神経を研ぎ澄ませていた。
左前方では源田のアームレールガンが遠距離から敵の群れを粉砕し、懐への接近を許した敵は伊達が近接戦闘で的確に処理していく。右前方では酒井のプラズマブレードが石井・岩本の援護射撃の中を駆け抜け、海面を跳ねる近接型を次々と真っ二つに両断していった。
人と、未知の装甲、解き放たれたエースたちの力。
最前線に展開した和泉たちは、文字通り「無敵の矛」として群がる敵を次々と海の藻屑に変えていく。
だが――敵の波は、想像を絶するほどに分厚かった。
『――和泉! 敵の総数、なおも上昇中! 三千を突破、三千二百……!』
後方で指揮を執る小島の声が、通信回路に響き渡る。彼は必死に状況を分析し、最適なダメージコントロールを図ろうとしていたが、戦術の許容量を超える数の暴力に直面していた。
『各艦へ通達! 敵の数が想定を大幅に上回っている。このままでは防衛網が飽和する! 陣形を維持したまま、艦隊全体をゆっくりと後退させろ! 前衛との距離を取り、迎撃の時間を稼ぐんだ!』
撃ち落としても、斬り捨てても、水平線の向こうから海面を跳ねてくる黒い波は止まらない。最初の二千五百という数値など、敵にとってはただの前衛に過ぎなかったのだ。
敵を統べる冷徹なシステムが弾き出したのは、単純だが最悪の最適解だった。
彼らは人間のエースたちの処理能力の限界を完全に計算し、それを遥かに上回る圧倒的な物量を物理的にぶつけることで、艦隊の防衛網を確実に飽和させようとしていた。
無敵の矛をすり抜けた無数の影が、少しずつ、だが確実に、後続の脆弱な艦艇群へとその鋭い牙を突き立てようと迫っていた。




