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不気味な海標と、暁の陣形

佐世保基地から無数の民衆の歓声と、胸を焦がすような怒涛のエールに背を押され、玄界灘を抜けた「独立連合艦隊」は、蒼く穏やかな海原を西へと進んでいた。


見渡す限りの水平線に、規則正しく配置された無数の艦影が連なっている。それは、これまでの理不尽な抑圧に耐えかねた日本政府――官邸が腹を括り、アグレッサー大隊を「独立軍」として正式に承認したからこそ実現した、人類の総力を結集した巨大な陣容だった。


「……マジでとんでもねえ大所帯だな。これ、本当に日本の残存戦力の半分以上を引っ張ってきたのか?」


強襲揚陸艦の飛行甲板、白きキメラの機体の傍らで源田が腕を組み、感嘆とも呆れともつかない溜息を漏らした。その問いに答えるように、コックピットから和泉の通信回路へ、二列目の支援位置に就いている小島の声が響く。


『ああ。全面的なバックアップが本物だっていう証拠だ。総兵力は、陸上自衛隊と民間エンジニアを含めて四千名。海上自衛隊が七千五百名。そして航空自衛隊が百名。総勢一万一千六百名を超えてる。たぶんだが現状動かせる選抜されたものたちだ。艦船も六十四隻で現状生きている半分はここにいるだろう』


小島が自機の情報端末ガジェットで戦術データリンクの同期を確認しながら、緻密な数値を読み上げていく。共に戦い抜いてきた友の言葉には、確かな実感がこもっていた。


今回の遠征における艦隊のフォーメーションは、徹底的な「複合防御陣形」が敷かれていた。

遥か数キロ前方の海中では、二隻の潜水艦が先行して水中および海上の索敵を行い、あらゆる脅威を警戒している。

海上の中央縦列には、和泉たちが乗る、大型レールガンを増設した魔改造『旗艦・強襲揚陸艦』が先頭を切り、その後ろに最も脆弱で、かつ今後の継戦能力の要となる民間船八隻(タンカー五隻、大型フェリー三隻)を直列で挟み込む。そして中央の最後尾を、小型レールガンのみを搭載した強襲揚陸艦一隻が強固に引き締めていた。

その民間船のすぐ横には空母二隻と輸送・補給艦十四隻が並走し、さらにその最外殻(両翼)を、圧倒的な対空・対艦火力を誇る護衛艦二十隻とミサイル護衛艦十二隻が分厚い壁となって包み込んでいる。

水中には、艦隊の左右最外殻に各一隻、そして最後尾に一隻の潜水艦が潜み、三次元的な防衛網を完成させていた。


百五十五機のアグレッサー部隊もまた、この陣形を死守するために最適配置されている。

真っ先に動けるエースたちが集う旗艦の「一列目」には、和泉、源田、佐々木、石井、岩本、伊達、そして近接戦闘を得意とする酒井の部隊が展開。その背後の「二列目」には、遠距離射撃に秀でた金子中隊の面々と小島が控え、前衛の火力を補佐する。さらに右サイドを菅野、左サイドを杉田、後方を片倉の部隊が固め、万が一の奇襲に備えていた。


『これだけの命が、俺たちの背中に託されてる。……そう思うと、あの佐世保の岸壁で見た人たちの顔が、今でも頭から離れないな』


小島の声には、途方もないプレッシャーよりも、未来を託された者としての静かな覚悟が宿っていた。和泉は胸ポケットから取り出した火のついていない煙草を軽く噛み締め、低く応じる。


「上層部のくだらねえ首輪を叩き割って、自分たちで握りしめた舵だ。これだけの数を預かった以上、無様に沈むことだけは許されねえ。……小島、自分でへし折った死亡フラグだ。何があっても、お前がその手で――」


和泉が言葉を紡ぎ終えるより早く、小島の通信の向こうから、不意に別の声が紛れ込んだ。


『――あ、小島くん。こっちの戦術データリンクの同期、ちょっと手伝ってくれない?』


金子の声だった。途端に、通信の向こうで慌てふためく小島の気配が伝わってくる。


『えっ!? あ、ああ、今行く! ちょっと待っててくれ! ……和泉、ちょっと外す!』


「邪魔しちゃ悪いな。」


和泉はニヤリと口角を上げると、小島が何か言い返す前にプライベート通信をブツ切りにした。


フッと視線を上げると、艦隊の上空を護衛するように飛行していた航空自衛隊の警戒機五機と、練習機二十機が、日本近海の防衛ラインに達したことで大きくバンクし、機体を反転させていくのが見えた。彼らは艦隊に向けて翼を大きく揺らし、世界の救済を託すような最後の敬礼を送ると、祖国の方角へと帰っていった。

ここから先、艦隊に随行する航空戦力は、空母に艦載された二十機の主力戦闘機のみとなる。完全なるアウェーへの船出だった。


ズシン、ズシンと重い駆動音を立てて、同じ一列目に並び立つ佐々木の機体が和泉の機体の横へと歩み寄り、個別の回線を開いて話しかけてきた。


『和泉中……大隊長。いい雰囲気ですね、あの二人』

「ああ。死地に赴くってのに、緊張感がなくて助かるぜ」


佐々木の機体は、後方に連なる民間タンカーや輸送艦の姿を、物静かに見つめていた。

熱血漢というわけではない。どこまでも真面目で、責任感の強い優しい男だった。彼は、深海から引き揚げた未知の装甲で補強されているとはいえ、元が民間船や急造の改修船である彼らが、どれほど脆いかを誰よりも理解していた。


『……あの中には、前線を支えてくれる民間人やエンジニアも大勢乗っている。心配しないでください。俺たちが最前線で完璧な盾になって、何があっても、全員しっかり守ってみせますよ』


静かで、どこか包み込むような温かさを持った佐々木の言葉。だがそこには、絶対に退かないという鉄の意志が込められていた。和泉は胸の奥が熱くなるのを覚えながら、深く頷いた。


「ああ。一隻も沈めさせねえ。頼むぞ、佐々木」

和泉がそう応じると、ふと思いついたように口の端を吊り上げる。

「……おい、まさかとは思うが、お前までフラグ立ててるんじゃねえだろうな?」

『えっ? いやいや、そんなつもりじゃ……!』

慌てる佐々木に、和泉は通信越しに低く笑い声を漏らした。佐々木も釣られたように苦笑し、出撃前の重圧がほんの少しだけ和らいだ。


艦隊の士気は最高潮だった。人と未知の存在シンが交わった連合軍として、これ以上ないほどの覚悟を抱いて進んでいた。


だが、海路の三分の一を過ぎた頃から、奇妙な現象が起き始めた。


『前方に敵機一。……攻撃態勢ではありません。ただ、海面に浮かんでいます』


先行する潜水艦から報告が上がる。

指定された方角の海面を見ると、確かに、ポツンと浮かぶように自律型の敵兵器が静止していた。

「源田、やれ」

『了解っと。愛しのレールガンちゃんの試射といこうか』


一列目の源田が愛機を艦首へと歩ませ、アームレールガンを構える。青白いプラズマの閃光が弾けた直後、数キロ先の海面で巨大な水柱が上がり、単機の敵は一瞬で塵へと変わった。

だが、それから数十分後。艦隊が少し進んだ先で、再び「一機だけ」の敵がまったく同じように海面に浮かんでいた。それを今度は和泉が対装甲ライフルで正確に撃ち抜く。


しかし、またしばらく進むと、同じように一機だけが配置されている。

等間隔で執拗に現れる敵。


(シン。こいつは一体何の真似だ?)


和泉が脳内で呼びかけると、共犯者はいつになく冷徹な声を響かせた。


『……観測、そして誘導だ。お前たちの艦隊の巡航速度、陣形、そして火力を、少しずつデータとして蓄積している。最適な迎撃ポイントへ誘い込むためにな』


シンの警告に、和泉の背筋を冷たい悪寒が駆け抜けた。敵はただの無機質な自律兵器ではない。九州の『神の城』を落とした人類の力を完全に脅威と認識し、学習し、網を広げて待っているのだ。


そして、艦隊が海路のちょうど半分――玄界灘とアジア大陸の中間地点に差し掛かった、まさにその時だった。


ビーッ! ビーッ! ビーッ!!


先行していた潜水艦のソナーと、旗艦のブリッジのレーダーが、同時に鼓膜を突き破らんばかりの緊急警告音を鳴らし響かせた。


『――前方に巨大な熱源反応多数!! これは敵が船を作ってこちらに接近中です。数は1000……1200と増加していきます。海面を覆い尽くすほどの敵の大群が、こちらに向かって急速接近中!!』


ブリッジからの悲鳴のような報告。

和泉がコックピットのメインモニターを睨みつけると、穏やかだった水平線の向こう側が異様に盛り上がり、文字通り海を埋め尽くす黒い大群がこちらへ迫り来るのが見えた。


「……総員、戦闘態勢!!」


和泉の怒号が全通信回線を震わせる。

嵐の前の静けさは、最悪の形で終わりを告げた。人類の命運を懸けた、決して後戻りできない血みどろの海上戦が、いま牙を剥いて幕を開けようとしていた。

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