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それぞれの誓い

佐世保基地のドックは、夜を徹した狂騒の真っ只中にあった。

充満するオゾンと機械油の匂い。凄まじい熱気の中でグラインダーの火花が吹雪のように舞い散り、徹夜で目を血走らせた技術屋たちの怒号が飛び交っている。


深海から引き揚げた未知の白い装甲材は、強襲揚陸艦の船体へと分厚く、そして強引に溶接されていた。艦首には巨大なエネルギー・ハブを直結させた規格外の超巨大レールガンが鎮座し、その砲身には青白いプラズマの光が明滅している。それはもはや地球の兵器の枠を完全に逸脱した、神の遺産と人間の意地が融合した「海上の異形要塞」であった。


一方、その喧騒から少し離れた格納庫の片隅。

出撃を数時間後に控えた和泉たち第1小隊の面々は、配給の薄いコーヒーを啜りながら、機体の傍らで自らの装備の最終手入れを行っていた。


「……昨日までは『今日をどう生き延びるか』だけで必死に泥水すすってたってのによ。まさか今日になって、海を越えて他国を救いに行くことになるとはな」


源田が愛用のレールガンの機関部を磨きながら、どこかおどけた調子で笑う。


「まったくだ。急にスケールがデカくなりすぎて、実感が湧かねえよ。世界を救う、ねえ……」


伊達が皮肉げに肩をすくめたが、隣で情報端末と連動ガジェットの最終確認をしていた小島は、真剣な眼差しで顔を上げた。


「だけど、海の向こうじゃ今も大勢の人間が泣いてる。俺たちがあの九州で味わったのと同じ絶望の中で、理不尽に踏み潰されてるんだ。……この力を持っちまった以上、見過ごすわけにはいかねえだろ」


その真っ直ぐすぎる言葉に、源田がニヤニヤと笑いながら小島を小突いた。


「おいおい小島ぁ、お前いつからそんな立派なヒーローになったんだ? ……ま、それはそれとしてだ。お前、行く前に金子に思いを伝えないのか?」


「ぶっ!?」


小島が盛大にコーヒーを吹き出す。視線の先では、金子が少し離れた場所で黙々と自機の最終チェックを行っていた。


「な、ななな何言ってんだ源田! 馬鹿野郎、こんな大一番の前に告白なんて、それこそベタな『死亡フラグ』だろうが!」


真っ赤になって慌てふためく小島。

「いやいや、デカい戦いの前だからこそビシッと決めておくべきじゃねえの〜?」と源田がからかっていると、傍らで静かに煙草を咥えていた和泉が、低く通る声で口を開いた。


「……小島」


「和泉?」


小島が振り向いた瞬間。和泉は容赦なく足を振り上げ、小島の尻を思い切り蹴飛ばした。


「痛ぇっ!? な、何だよ!」


前のめりに盛大に転んだ小島を見下ろし、和泉は煙草の煙をふうと吐き出しながら凄んだ。


「『全部終わらせて、一緒に生きて帰ってきたら言う』……そっちの方がよっぽど極悪なお手本のような死亡フラグだ。そんな不吉なモンは、今すぐこのドックの海に捨ててこい」


「え……?」


「部隊長としての命令だ。今すぐ、惚れてると言ってこい。背負うもんは一つでも多い方が、人間はしぶとく生き残れるもんだ」


有無を言わさぬ和泉の迫力に、小島は唖然と口を開けた。和泉はさらに鋭い視線を横へ向ける。


「源田、お前もだぞ。言い残す相手がいるなら、今すぐ言ってこい」


「お、俺は愛しのレールガンちゃん一筋っすよ! 浮気はしねえ!」


源田が慌ててレールガンを抱きしめ、伊達が腹を抱えて爆笑する。


背中を蹴り飛ばされた小島は、和泉の言葉の真意――「死ぬ覚悟などするな、絶対に生き残る理由を作れ」という強烈で不器用な励ましを受け取り、覚悟を決めたように立ち上がった。

そして、顔を真っ赤にしながら金子のもとへ全力疾走していく。遠くから、「金子! 俺が絶対にお前の背中を護るから……!」と、不器用極まりない怒声のような告白がドックに響き渡り、整備兵たちがヒューヒューと囃し立てた。


その騒ぎを眺めながら、和泉は微かに口角を上げ、立ち上がって己の半身である白きキメラの機体を見上げた。


(……なあ、シン)


和泉は脳内の共犯者へ、静かに問いかける。


(これから俺たちは海を渡る。……お前の同胞たちを殺しに行くことになるが、後悔はないか?)


少しの沈黙の後。シンの声が、かつての冷酷な機械音声ではなく、彼ら人間の馬鹿騒ぎをどこか愛おしむような、確かな感情を伴った響きで和泉の脳内を満たした。


『……我はすでに王ではない。今の我は、自らの運命すらも蹴り飛ばして進むお前たちと共に、明日を見る者だ。……存分にやれ、和泉』


(そうか。……なら、とことん付き合ってもらうぜ)


和泉は短く応え、咥えていた煙草を携帯灰皿に落とした。


やがて、完全に夜が明けた。

朝日が眩しく差し込むドックの巨大な扉が重々しい音を立てて開き、信じられない威容へと生まれ変わった強襲揚陸艦が、ついに外の海へとその全貌を現す。

上層部という鎖を引きちぎった彼らは、「誰の命令でもなく、自らの誓い」に従い、最も危険な任務へと向かう権利を得たのだ。

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