独立連合艦隊
朝の光が完全に昇りきった佐世保基地。強襲揚陸艦のブリーフィングルームには、次席の将官たちとアグレッサー大隊の各小隊長たちと、徹夜明けで油まみれの技術班トップたちが集められていた。
空気は重く、しかし異様な熱気を帯びていた。
「集まってもらったのは他でもない。これからの俺たちの『道』についてだ」
巨大なモニターの前に立った和泉は、口に咥えた火のついていない煙草を弄りながら、淡々と、しかし残酷な事実を口にした。
「世界にはまだ、あの『神の城』が最低でも七つ残っている」
その言葉に、小島や源田たちの顔から笑みが消えた。九州の地獄を生み出していたあの巨大な絶望が、まだ七つもこの世界にそびえ立っているという事実。
「しかも、外殻からの力技の破壊は不可能だ。九州の時と同じように、少数の機体で内部に侵入して中からぶっ壊すしかない。さらに厄介なことに……城を落とす場所を間違えれば、その大陸の民間人ごと広大な土地が灰燼に帰すことになる」
和泉は包み隠さずすべてを伝えた。
補給のあてもないまま海を渡り、内部への決死の突入を七回繰り返し、かつ墜落の被害までコントロールしなければならない。控えめに言っても、集団自殺に等しい作戦だった。
ブリーフィングルームは、一瞬にして重い静寂に包まれた。
だが――誰一人として、怯えた顔をする者はいなかった。
「……ハッ、こいつはとんでもねえな。九州奪還戦をあと七回、しかもアウェーでやれってか?」
源田が鼻で笑いながら、首をゴキリと鳴らす。
「最高じゃねえか。上層部のケツを舐めて安全な地下で腐っていくより、百倍マシな死に場所だ」
「大隊長。俺たちの機体の調子は最高です。いつでも飛べますよ」
金子や小島も、獰猛な笑みを浮かべて頷いた。絶望的な状況を前にしても、彼らの心は一ミリも折れていない。
「お前らがイカれてて助かるぜ。……だが、俺たちのキメラ機体百五十五機だけじゃ、海を渡る前に弾薬と推進剤が尽きる」
和泉はモニターの画面を切り替えた。そこには、軍の港に停泊している船舶のリストが表示されていた。
「補給線を維持するため、この強襲揚陸艦を旗艦とする。さらに海防隊の護衛艦、動かせる民間からの徴用船もすべて引っ張り出す。俺たちはこれより、『独立連合艦隊』を結成する」
海を越えるための強固な兵站の構築。
だが、海防隊の初老の整備長が、腕組みをしながら渋い顔をした。
「大隊長。気持ちは分かるが、普通の船の足じゃ、あのキメラ機体どもには追いつけねえ。それに、海を渡る途中で敵の海上部隊に狙われりゃ、ただの巨大な的だぜ」
「その通りだ。……だから、アンタらの出番ってわけだ」
和泉がニヤリと笑うと同時。
ブリーフィングルームのメインモニターが突如としてノイズ走り、無数の見慣れない数式と立体図形が展開された。
『我は我のできることをするとしよう。……人間ども、これは俺からの手向けだ』
スピーカーから響いた『シン』の底知れぬ声と共にモニターに映し出されたのは、海底から引き揚げた未知のエネルギー・ハブの「余剰分」を、強襲揚陸艦および護衛艦の動力炉に直接バイパスさせるためのトンデモない設計図だった。
さらに追加で海底の残骸から装甲を引っ張り出して艦の防御力を限界まで引き上げ、その有り余る規格外のエネルギーを用いて超火力のレールガンを撃てるようにするという、物理法則と軍の常識を完全に見下した常軌を逸する改修案である。
「な、なんだこりゃあ……!?」
整備長が目を見開き、モニターに食い入るように顔を近づけた。
出力を桁違いに跳ね上げるための配線図、未知の装甲の接合面、そして規格外のレールガンを制御するための計算式。
「……ハハッ、ハハハハハ!」
整備長は突然大爆笑すると、被っていた帽子を机に叩きつけた。
「アグレッサーだけじゃ飽き足らず、神様のパーツで船まで弄り回す気か! いいだろう、やってやろうじゃねえか! 徹夜明けで最高にハイになってるところだ、機関部の底でも何でもブチ抜いてやるよ!」
「よし、話は決まりだ。お前ら、死ぬ気で準備しろ!」
和泉の号令を皮切りに、佐世保基地はかつてないほどの狂熱に包まれた。
数分前まで仮眠を取っていたはずの技術屋たちが、血走った目で再びプラズマ溶接機を握りしめ、揚陸艦の機関部へと突撃していく。
上層部の指揮下から離脱した歩哨たちや、基地に残っていた他部隊の兵士たちも、「俺たちも連れて行け!」とばかりに、弾薬や食料、予備パーツの入ったコンテナを怒涛の勢いで甲板へと運び込み始めた。
誰もが泥と汗にまみれ、理不尽な世界に抗うための「道」を自分たちの手で切り拓いていた。
軍という枠組みを超え、人と未知の存在が交わり、一つの巨大な「うねり」となって海を越えようとしている。
和泉は艦の甲板に立ち、慌ただしく立ち働く仲間たちの姿を見下ろしながら、遠く広がる海原へ視線を向けた。
「……シンの野郎が弾き出した、最も近い敵の拠点は『アジア大陸沿岸部』だ。ここが俺たちの、最初の標的になる」
隣に立つ小島が、和泉の言葉に深く頷く。
「まずはそこをぶっ壊して、上陸の橋頭堡を築くってわけか」
「ああ。ここから先は、誰の指示も待たない。俺たちで、世界を救いに行くぞ」
朝の陽光が反射する海に向け、異形の白い機体たちと、未知のエネルギーを宿そうとしている巨大な艦船が、その威容を誇示するように並び立つ。
理不尽に死にゆく命を繋ぎ止めるため。そして、空を覆う絶望の城をすべて叩き落とすため。
「独立連合艦隊」の怒涛の出航準備が、今、高らかに火蓋を切った。




