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剥がれ落ちた権威

「貴様ら、聞こえなかったのか! そいつらを直ちに捕縛しろと言っているんだ!」


静まり返った強襲揚陸艦の下層ドックで、顔を真っ赤にした将校の怒号が虚しく響き渡る。

しかし、彼を取り囲む憲兵隊は、誰一人として動こうとはしなかった。彼らの視線は、泥と油にまみれながらも圧倒的な覇気を放つ和泉たちと、背後にそびえ立つ異形の白い機体に釘付けになっていた。


「この役立たずどもが……! 現場の空気に当てられでもしたか! ならば私が直接――」


将校が苛立ち紛れに腰のホルスターに手を掛けようとした、まさにその時だった。


ビーッ! ビーッ!


将校の胸ポケットに収められた暗号通信端末が、けたたましい着信音を鳴らした。

表示された発信元は「官邸」。現在の日本政府の中枢からの直通通信だった。


「……は、はい。こちら総司令部――」


将校が端末を耳に当てた瞬間、ドックにいる全員にまで聞こえるほどの激しい怒声がスピーカー越しに漏れ出した。


『貴様ら、現場で一体何をやっている!!』


「な……総理!? い、いえ、我々は軍規に違反した反逆者どもを――」


『黙れ!! 先ほどから全国の避難所に垂れ流されている映像を見た! お前たちのその傲慢な振る舞いのせいで、今、日本中のシェルターや居住区で数万規模の暴動が起きているんだぞ! 国民は完全にあの前線の部隊アグレッサーを英雄として支持している!』


「ぼ、暴動だと……!?」


『もはや収拾がつかん。これ以上国民の怒りを煽れば、国そのものが崩壊する。責任の所在を明確にするしかない。……貴官、ならびに本件に関与した総司令部の将官たちは、ただいまをもって全員を解任クビとする! 今すぐすべての権限を放棄しろ!』


将校は血の気を失い、ガクガクと震え始めた。

だが、スピーカー越しの総理の言葉は、そこで終わりではなかった。


『――そこに和泉大隊長はいるか。端末を渡せ』


「そ、総理……!?」


呆然とする将校の手から、和泉が静かに端末を抜き取る。


「代わった。アグレッサー大隊、和泉だ」


『和泉大隊長。単刀直入に言う。旧態依然とした軍の指揮系統は、今この瞬間をもって破綻した。国民が選んだのは我々上層部ではなく、現場で血を流した君たちだ。……よって官邸はこれより、君たちアグレッサー大隊を正規の指揮下から切り離し、特例の「独立軍」として正式に承認する』


その言葉に、ドック中が息を呑んだ。


『君たちのミッションは、海を渡り、この理不尽な絶望から世界を救うことだ。未知の大陸への遠征となる以上、補給線が最大の壁になることは分かっている。艦船、物資、人員……政府として可能な限りのサポートを行うと明言しよう。日本の総力を挙げて、君たちの背中を支える。……やってくれるか?』


「……気前のいいことで。だが、俺たちはどのみち海を渡るつもりでしたよ。上層部のくだらねえ首輪が外れるなら、文句はねえ。その支援、ありがたく使わせてもらう」


和泉が一方的に通信を切り、端末を床へ放り投げる。カラン、と無機質な音がドックに響いた。


自分たちが絶対の盾としていた権威があっけなく崩れ去り、あろうことか憎き現場の兵士に国家の命運が委ねられた瞬間だった。


「お、俺がクビで……貴様が、独立軍だと……?」


数秒の呆然とした沈黙の後、将校の顔が屈辱と憎悪で真っ赤に染まった。

彼の血走った両目が、目の前に立つ和泉を捉える。


「ふざけるなァァッ!! 貴様らが余計な真似さえしなければ!!」


将校は狂乱し、腰の拳銃を引き抜きながら和泉へと殺意のままに飛びかかろうとした。

だが、その銃口が和泉に向くよりも早く。


「押さえろ!!」


憲兵隊長の鋭い号令と共に、周囲の憲兵たちが一斉に飛びかかった。

「ぐあッ!?」

複数人に力任せに床へと引き倒され、背中に膝を突き立てられる。将校の持っていた銃はあっさりと蹴り飛ばされた。


「な、何をする! 離せ! 私はお前たちの上官だぞ!!」


「いいえ。あなたはたった今、すべての権限を失ったただの民間人です」


憲兵隊長が、床に押さえつけられた将校を冷酷に見下ろして告げる。


「俺たちはこの国を護るための軍人だ。最前線で命を懸け、世界を救おうとしている英雄の背中を撃つような真似は、絶対にしない」


それは、軍という組織の中で上層部の腐敗に耐え続けてきた現場の人間たちの、完全な決別宣言だった。


和泉は煙草を携帯灰皿に放り込むと、床で喚き散らす元将校を冷ややかな目で見下ろした。


「……権力だの、特権だの。そんなもんを後生大事に抱え込んでる連中に、明日を生き抜く資格はねえ。退場だ、アンタらは」


和泉はそこから視線を外し、背後にそびえ立つ己の愛機――『騎士』の白い装甲と神の遺産をその身に宿した、白き獣を見上げた。


(……傑作だな、和泉)


脳内で『シン』が、底知れぬ笑いを含んだ声で囁く。


(権力という鎖で同族を縛っていた者たちが、自分たちの失態で呆気なく自滅した。そして国を挙げてお前たちを後押しするという。お前たち人間という種族は、本当に面白い)


(ああ。……だからこそ、護る価値があるんだろ)


和泉は口角を上げると、改めてドックの全員――アグレッサーのパイロット、整備兵、そして憲兵たちに向かって声を張り上げた。


「聞いたな、お前ら! 官邸の親玉から直々のお墨付きだ。この瞬間から、俺たちは上層部の指揮下を完全に離脱し、政府の全面支援を受けた『独立軍』となる!」


どよめきが広がる中、和泉は言葉を続ける。


「だが、ただの人間の独立軍になるつもりはねえ。俺たちのこの機体を見てみろ。地球の兵器に、かつて敵だった『神の遺産』が組み込まれている。俺の頭の中には、かつて王と呼ばれたシンがいる」


和泉の言葉に、整備兵たちがハッとして機体を見上げる。


「俺たちは、生き残るために手を取り合った。地球の人間と、かつて敵だった未知の存在……二つの星の意思が交わった『連合軍』だ。これより俺たちは、この理不尽な絶望を終わらせるための真の刃となる!」


「「「おおおおおおおっ!!!」」」


ドックが揺れるほどの、爆発的な歓声が沸き起こった。

人間と、かつての敵。その二つの力が融合した「連合軍」の誕生。それは、長きにわたる上層部への鬱屈から解放された歓喜であり、全く新しい歴史の幕開けを告げる咆哮だった。


「日本が片付いたなら、次は海の外だ! 救いを待つ世界の大陸へ向けて、俺たちは進撃する!」


朝の光がドックを満たす中、和泉と白き獣たちは、水平線の向こうに広がる広大な世界へと、その鋭い牙を剥き出しにしていた。

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