海を沸かす白き獣たち
朝日が反射する玄界灘。強襲揚陸艦の巨大な前部ハッチ(ランプウェイ)が、重々しい金属音を立てて完全に解放される。
艦にカタパルトのような射出設備はない。だが、彼らには必要なかった。
「俺と小島、源田、酒井、金子、片倉、菅野、杉田の8機で、海を渡ってくる敵の主力を正面から叩き潰す。残りの全機は、周囲の艦艇の甲板や岸壁に展開して防衛線を構築しろ! 岩本、佐々木、石井! お前らが指揮を執れ!」
和泉の力強い号令が、全機の通信回路に響き渡る。
「打ち漏らした敵の対処と、あのバカな上層部の船、そしてドックで俺たちを支えてくれた馬鹿野郎どもを絶対に死守しろ。ここにいる連中には、指一本触れさせるんじゃねえぞ!」
「「「応ッ!!!」」」
命令を受けた百五十機近いアグレッサーたちが、ドックから次々と這い出し、強襲揚陸艦の飛行甲板や周囲に停泊している海防艦の上へと陣取る。彼らは巨大な重火器を構え、基地と職人たちを守るための強固な防衛線をあっという間に構築していった。岩本たちが的確な指示を飛ばし、鉄壁の陣形が完成する。
そして和泉たち選抜された8機は、開け放たれた下層ハッチから直接、朝焼けの海原へと飛び出した。
本来、陸戦を主眼に設計された重装甲のアグレッサーが海面へ落下すれば、そのまま鉄の棺桶となって海底へ沈むのが道理だ。だが、海面に機体の脚部が触れる直前。
急造のフロート・ユニットが展開し、同時に機体の胸部と関節部に埋め込まれた『神の城』のエネルギー・ハブが、けたたましい駆動音を上げて脈打った。
ズガァァァァンッ!!
海面が爆発したかのような水柱が上がり、周囲の海水が一瞬で沸騰して大量の白煙を生み出す。
地球の兵器ではあり得ない規格外の出力。和泉の機体は沈み込むどころか、凄まじい推進力で海面を蹴り飛ばし、猛烈な速度で波頭を滑り始めた。他の7機も、それにピタリと追従する。
その光景を、強襲揚陸艦のブリッジからモニター越しに見ていた将校たちは、完全に言葉を失っていた。
「な、なんだあの機体は……!? それに、我が軍の艦の甲板に勝手に上がり込んで、防衛陣形をとっているだと!?」
「脚部のフロート装甲は海防隊のものですが……胸部や関節部で発光しているあのユニットは、完全に未知の代物です! それに、あの不気味な白い装甲材は一体……!」
パニックに陥るオペレーターたちの叫びを背に、将校の一人が慌てて通信機を掴む。
「い、和泉大隊長! 貴様ら、軍の認可外の兵器を使用するなど明らかな反逆行為だぞ! 今すぐ帰投し、機体を提出――」
『寝言はベッドの上で喚いてろ』
通信越しに響く和泉の冷ややかな声に、将校は息を詰まらせた。
『アンタらが安全な部屋で俺たちの首輪の付け方を考えてる間にも、海の外じゃ飢えと寒さで人が死んでんだよ。これ以上、上層部のくだらねえ政治劇に付き合ってる暇はねえ』
「き、貴様ぁ……!」
『――特等席で指でもくわえて見てな。俺たちが、どうやってこの絶望をひっくり返すかをな』
一方的に通信が叩き切られる。
上層部は権力と物資で彼らを支配しようとしたが、もはや現場の人間たちにとって、彼らの存在など完全に「眼中の外」だった。
同時刻、関門海峡方面。
南下してくる自律型敵兵器の大群が、海面を滑走してくるたった8機のアグレッサーを捕捉し、一斉に迎撃態勢に入った。無数の光学兵器の照準が、先頭を走る和泉の隊長機へと集中する。
(シン。いくぞ)
『ああ。俺たちの遺産と、お前たち人間の泥臭い意地の結晶……その力、存分に引き出してやるよ!』
シンの楽しげで、獰猛な声が和泉の脳内に響く。
直後、敵の大群から一斉に放たれた無数の光条が、和泉の機体を包み込んだ。
「大隊長!」
後続の金子が悲痛な叫びを上げるが、和泉は回避行動すら取らなかった。
直撃――しかし、光の雨が晴れた後、和泉の機体は無傷のまま猛スピードで海を割って突進していた。急所を覆うように移植された『騎士』の白い装甲材が、敵の光学兵器をいとも容易く弾き返し、霧散させていたのだ。
「ハッ、マジかよ! あの『騎士』の装甲、徹夜で地球製のプラズマカッターを最大出力にしても削れなかっただけはあるぜ!」
源田が自らの機体に宿る圧倒的な暴力に狂喜の声を上げる。
出力が違いすぎてオーバーヒートするはずの熱量も、技術屋たちが束ねた「冷却パイプの力技」によって見事に抑え込まれていた。下層ドックに残った職人たちの血の滲むような調整が、この無茶苦茶なキメラ機体を完璧に成立させているのだ。
「突っ込むぞ!!」
和泉の号令と共に、8機の白き獣たちが敵の群れへと肉薄した。
和泉は操縦桿を強く握り、機体の背部にマウントされた巨大な対艦用ブレードを抜き放つ。『神の城』のエネルギー・ハブから莫大な出力がブレードに流れ込み、刀身が眩いほどのプラズマの光を帯びた。
「オラァッ!!」
海面を滑走する勢いそのままに、和泉は敵の分厚い陣形の中央へと突撃。
すれ違いざまに振るわれた一閃が、大型の敵機を三機まとめて両断した。切断面からは高熱のプラズマが吹き上がり、直後に大爆発を引き起こす。
金子が正確な射撃で敵のセンサーを撃ち抜き、酒井と小島が絶妙な連携で死角から敵を粉砕していく。片倉、菅野、杉田の三機も、未知の推力に振り回されることなく、恐るべき機動力で敵陣を次々と切り裂いた。
アグレッサー部隊は、凄まじい機動力と圧倒的な装甲を武器に、敵の陣形を蹂躙していく。通常であれば、艦隊の全力射撃を受けて数時間がかりで削り合うはずの敵の大群が、たった8機の異形によって、ほんの数十分の間に文字通り「解体」されていった。
強襲揚陸艦のブリッジは、その余りにも一方的で凄惨な光景を前に、完全な静寂に包まれていた。
防衛線を構築して自艦を見下ろしている百数十機のアグレッサーと、海の彼方で敵を紙屑のように引き裂く8機の化け物。彼らは理解したのだ。自分たちが飼い慣らそうとしていたのは、従順な軍犬などではない。現場の絆という鎖で結ばれ、絶対に制御不可能な「神殺しの牙」なのだと。
「……敵主力、完全沈黙。全機、損傷軽微」
海原に漂う敵の残骸の群れを見下ろしながら、小島が荒い息を吐きながら報告した。
「上出来だ。技術屋の連中には、帰ったら美味い酒を奢ってやらねえとな」
和泉は操縦席の中で、額の汗を拭いながらニヤリと笑った。
ふと、機体を反転させる前に、和泉は遠く広がる海原へと視線を向けた。その視線の先、水平線の向こうには、いまだ敵の脅威に晒され、救いを待つ世界の大陸が広がっている。
日本は無事だ。強固な防衛線を敷くこともできた。
だが、上層部の顔色を窺い、安全な場所で身内の権力闘争に明け暮れる時間などない。この圧倒的な力は、偉い奴らの勲章にするためではなく、理不尽に死にゆく命を一つでも多く繋ぎ止めるためにこそあるのだ。彼らの見据える戦場は、すでにこの小さな島国には収まっていなかった。
(……待ってろよ。必ず、全部取り戻してやる)
和泉は胸の奥で静かに決意を噛み締めると、通信回路を開いた。
「各機、状況終了。これより帰投する。防衛ラインの連中も、警戒を怠るなよ」
和泉の落ち着いた号令に、小島や金子たちが力強く応える。
「俺たちの戦いは、ここからが本番だ。……帰って、次の支度をするぞ」
朝焼けの海に、8機の白き獣たちの雄叫びのような駆動音が轟く。
水平線の向こうに広がる世界へと確かな視線を向けた後、彼らは待たせている戦友たちのもとへ帰るべく、猛烈な速度で波を蹴って基地へと引き返していった。




