仲間たち
タイムリミット―ー
もっと残酷で、不可逆な「人類が死にゆく時間」だった。
九州奪還を果たしたとはいえ、多くの国のインフラは崩壊し、食料は枯渇している。過酷な環境下で、戦火を免れた民間人たちすらも飢えや寒さで次々と命を落としていく。最前線に立つ和泉たちは、痛いほど理解していた。今日この一日を無駄に過ごせば、それだけで救えたはずの命が確実にこぼれ落ちていくということを。
一方で、安全で空調の効いた強襲揚陸艦の上層ブリッジでは、総司令部の将校たちがコーヒーを片手に優雅に勝利を噛み締めていた。
「我々の見事な采配と兵器供給が、あの地獄を覆したのだ」
最前線で血を流した現場の人間たちの意地など完全に舐め腐り、自分たちは実質的に何もしていないにも関わらず、その勝利を「自分たちの力」だと本気で勘違いしていた。
そんな腐りきった上層部の足元、孤立無援の下層ドックでは、グラインダーの火花が絶え間なく散っていた。
凄まじい熱気の中、和泉の脳内に『シン』の冷徹な声が響く。
『和泉。関門海峡方面から、敵の群れが南下してきている』
(……数は?)
『この部隊の総力で当たるほどではない。だが、このままでは防衛ラインを抜かれる』
(そうか。なら、他の奴らには黙ってろ。俺の機体さえ組み上がれば、単機でも潰せる)
和泉は皆に敵の接近を伝えなかった。ただでさえ未知のパーツを組み込む「魔改造」の真っ最中だ。余計な焦りを与え、作業の精度を落とすわけにはいかなかったからだ。和泉はひたすらに、怒号を飛ばして作業を急がせた。
「手が遅えぞ小島! 明日までに終わらせる気か!」
「無茶言うな大隊長! こいつは神様のパーツだぞ!」
小島は悪態をつきながらも、和泉の僅かな声の焦り――いつもなら見せない、張り詰めたような「違和感」に気づいていた。源田も、伊達も同じだった。何か差し迫った事態が起きている。だが彼らは何も聞かず、大隊長が急げと言うならそれに従うとばかりに、ただ黙々と、限界を超えた速度で手を動かし続けていた。
しかし、絶望的な作業量を前に物理的な「限界」が訪れようとしていた、その時だった。
「……海からあんなバカでかい神様のパーツを引き揚げてるのを見ちまったら、技術屋として覚悟を決めるしかないでしょうが」
ドックの入り口付近から、声が響いた。
小島が弾かれたように顔を上げると、見慣れぬ作業着を着た十数人の男たちが、重そうな工具箱を肩に担いで立っていた。昨日、こっそりと物資を融通してくれた海防隊や陸軍の腕利きメカニックたちだった。
「お前ら……!」
「歩哨の目があるから重機は持ってこれませんでしたがね。俺たちの腕、全部あんたたちに預けますよ」
彼らは、和泉たちが海から異形の残骸を引き揚げているのを目撃し、事の重大さと、アグレッサーがやろうとしている前代未聞の魔改造に気づき、腹を括って集まってきたのだ。
最初は十数人だった。だが、その決意は静かで巨大な「波」となって基地全体に波及していく。
「手が足りないんだろ? 指示をくれ」
「海防班、冷却パイプのバイパスに回れ! 陸軍の連中は、関節部の装甲削り出しだ!」
小島が図面を広げ、怒号のような指示を飛ばし始めた。
それを合図に、暗いドックがかつてない狂熱に包まれる。
軍法会議というリスクなど誰も気にしなかった。上層部の手柄として消費される命ではなく、自分たちの意志で明日を掴み取るための戦い。歩哨の目を盗んで集まったはずが、いつしかその歩哨たちすらも銃を置き、「俺も手伝う」とばかりに物資の搬入に加わっていた。
基地の末端を支える名もなき人間たちが、所属を超えて一つの巨大な波となり、ドックを埋め尽くしていく。
『和泉、その伝導管は衝撃に弱い。地球の緩衝材を分厚く巻かせろ』
「右のパイプはクッションを二重に巻け! 振動で吹っ飛ぶぞ!」
シンの直感的な指示と、人間の泥臭い応用力。
激しい火花が飛び散り、百五十人を超える整備兵たちが、言葉を超えた阿吽の呼吸で巨大な鋼鉄の獣たちを組み上げていく。
やがて――。
白み始めた朝の光がドックに差し込んだ頃。
「……全機、最終バイパス接続完了。システム、オールグリーン」
小島が震える声で告げた。
そこに並んでいたのは、百五十五機の異形の群れだった。
他部隊から融通されたバラバラの規格の装甲、急造のフロート・ユニット。そして関節部や胸部には、剥き出しになった『騎士』の不気味で美しい白い装甲材と、鈍い光を脈打たせる『神の城』のエネルギー・ハブが強引に埋め込まれている。
塗装すら統一されていない、継ぎ接ぎだらけのキメラ。
しかし、その機体からは、かつて人類が手にしたどんな兵器よりも禍々しく、神々しいまでの圧倒的な力が立ち上っていた。
「……最高だ」
和泉は自らの愛機を見上げ、目を細めた。
最前線で泥を啜ってきた現場の人間たちの魂と、未知なる神の遺産だけで組み上げられた、純度百パーセントの牙。
時を同じくして。
上層部のブリッジでは、優雅な朝礼の最中に、通信席の若いオペレーターがガタッと立ち上がった。彼はドックで起きている異常事態も、レーダーの端に映っていた敵の反応も、ずっと前から気づいていた。
だが、彼はギリギリまで沈黙を貫き、最後の最後に「軍人としての義務」を果たすためだけに口を開いた。
「報告します!」
緊迫した声に、将校たちが怪訝な顔を向ける。
「関門海峡方面より敵大群が接近! 第一防衛ライン到達まであと僅か! ――さらに」
「なんだと!? なぜ今まで報告しなかった!」
オペレーターは将校の怒声を無視し、淡々と、しかし誇らしげに続けた。
「――さらに、アグレッサー大隊全機、修復および『換装』を完了。基地内の全整備班、および警備歩哨もこれに加担。現在、全機が出撃態勢に入っております」
「……なっ!?」
将校たちが血相を変えてモニターを見るよりも早く、足元から巨大な振動が突き上げた。
強襲揚陸艦の巨大な前部ハッチが、軍部の許可を一切待たずに完全に解放されたのだ。
下層ドックでは、和泉が操縦席へと続くリフトに乗り込みながら、並び立つ百五十五名の反逆者たち、そして彼らを支え抜いた大勢の職人たちを見回していた。
「上の連中が寝惚け眼をこすってる間に、俺たちの『新しい牙』で、海を割りに行くぞ」
「「「応ッ!!!」」」
地鳴りのような咆哮。起動音が重なり合い、深海から引き揚げられた未知のエネルギーが爆発的な鼓動を打つ。
朝日に照らされた海原へ向けて、和泉の搭乗する白き装甲を纏った隊長機が、真っ先にカタパルトを蹴り出した。




