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深海からの引き揚げ(サルベージ)

他部隊の「粋なドジ」によってもたらされた食料を腹に収め、ドックには束の間の安堵が広がっていた。だが、持ち寄られた旧式部品や海上仕様の換装パーツを並べても、依然として絶対的な「心臓部」の資材が足りないという現実は変わらなかった。

「大隊長、やっぱり駆動部のコア周辺と、高負荷に耐えられる基盤が圧倒的に足りねえ。そこらの予備をニコイチにしたところで、次の激戦に耐えられるかとなると……」

小島が図面を見つめながら、苦渋の表情で首を振る。

正規の最新パーツは、上層部の薄汚いキルスイッチ回路ごとゴミ箱へ叩き込んだ。軍からの正規ルートが閉ざされた今、これ以上の物資調達は物理的に不可能なはずだった。

だが、和泉は咥えた煙草の煙を細く吐き出すと、不敵に口角を上げた。

「ないなら、自分で用意するまでだ」

「は? 用意するって、どこからだよ。基地の倉庫は空っぽだぜ?」

源田のツッコミに、和泉は答えず、己の脳内へと意識を向けた。

(シン。九州の地上で俺たちがぶっ壊した敵の残骸……あいつらのパーツは使い回せないか?)

和泉の問いかけに、脳内の『シン』が淡々と答える。

『……不可能だ、和泉。地上の個体は構造が下位のものであり、先の激戦による過負荷と損傷で伝導回路がほぼ完全に焼き切れている。我らの規格に耐えうる代物ではない』

(そうかよ。……なら、あれはどうだ。玄界灘の底に沈んだ、あの『神の城』の残骸と……一緒に海に叩き落とした、あの『騎士』たちの残骸ならどうだ?)

和泉の二度目の問いかけに、『シン』は少しの沈黙の後、威厳の中にもどこか少年のような、戦友に対する無邪気な響きを混ぜて応えた。

『……フッ、人間の浅知恵に見切りをつけ、かつての遺産を直接喰らう気になったか。いいだろう。深海の底には、人間には用途すら理解できない規格外のエネルギー塊と、我々で打ち倒した『騎士』の残骸がまだ眠っている。……お前たちの規格でもギリギリ使えそうな部位を見繕って、教えてやるよ。……さあ、剥ぎ取ってこい』

和泉はニヤリと笑うと、目の前の小島たちに向き直った。

「人間の規格に合わねえなら、神様のパーツを直接くっつけてやる。……小島、源田。深海サルベージの準備をしろ。今から海に潜る」

「な、何言ってんだ大隊長!? 敵の残骸を引き揚げるって、そんな真似……!」

驚愕する一同をよそに、和泉はすでに自機へと歩みを進めていた。

他部隊が届けてくれた海上仕様のフロート装甲と防水処理を、隊長機を含めた数機に最優先で仮組みさせる。正規の巨大なサルベージ艇など出す余裕はない。アグレッサー自らが重機となり、暗黒の海底へと手を伸ばすのだ。

深夜。上層部の見張りたちが寝静まる静寂の中、強襲揚陸艦のハッチが静かに開き、和泉の機体が漆黒の玄界灘へと滑り込んだ。

ザブゥンッ、と冷たい海に身を沈めると、センサーの視界が一気に緑がかった闇に染まる。

通常の機体であれば水圧と駆動抵抗で関節が悲鳴を上げる深度だが、急造のフロート装甲の推進力、そして何より脳内のシンと機体の『コア』たちが共鳴し、水圧を跳ね除ける凄まじい適合力を見せていた。

『右前方だ、和泉。海底の泥に埋もれている。我々で屠った『騎士』の残骸と……あの巨大な城の残骸の奥で光っている塊だ。あれを引き抜け』

シンの的確な指示に従い、和泉は深海の底で泥を蹴る。

そこに横たわっていたのは、かつて人類を絶望に陥れた超巨大構造物の一部と、九州奪還戦で死闘を繰り広げた上位個体「騎士」の無惨な姿だった。人間の兵器では傷一つつけられないはずの未知の宇宙素材が、深海の底で不気味なほど美しい、鈍い光を放っている。

人類の科学力では、それがどのような仕組みで動くのかすら理解できない代物だ。だが、内包しているエネルギー量が桁違いであることだけは、和泉の機体でけたたましく警報を鳴らすセンサーの数値が証明していた。

「伊達、源田、ワイヤーを回せ。シン、どれが生きているのか教えてくれ」

『応ッ!!』

和泉の機体が、巨人のごとき怪力で敵の装甲をこじ開ける。シンが機体の視覚を通じて「使える部位」をピンポイントで指示を出し、和泉たちが騎士の強靭な駆動系関節を乱暴に剥ぎ取り、高熱を放つ未知のエネルギー塊を次々と極太のワイヤーで縛り付けていく。

泥が舞い上がり、深海の闇の中で二つの種族の技術が物理的に交差する、禁忌のサルベージだった。

明け方。海水を激しく滴らせながら、和泉たちの機体が再び下層ドックへと帰還した。

彼らが牽引してきた巨大な残骸の山がドックの床にズシンと下ろされると、待ち構えていた整備兵たちから言葉を失ったような、どよめきが沸き起こった。

「おいおいおい……マジかよ。これをアグレッサーに組み込むってのか!?」

「人間の規格に合わないなら、合うようにこっちで叩き直すだけだ。源田、伊達、寝てる暇はねえぞ。前代未聞の『魔改造計画』のスタートだ」

和泉の不敵な号令と共に、大勢の整備兵たちが一斉に工具を手に取った。

地球の旧式パーツ、他部隊から託された海上仕様の兵器、そして海底から引き揚げた未知の超技術と騎士の残骸――それらを一つの「牙」へと編み込んでいく。

だが、神の遺産を地球の兵器に組み込む作業は、彼らの想像を絶する困難を極めた。

「駄目だ、出力が違いすぎる! まるでトースターの配線に原子炉を繋ぐようなモンだ、このままじゃメインバイパスが焼き切れるぞ!」

「こっちの関節ブロックも装甲材の硬度がイカれてやがる! プラズマカッターの最大出力でも溶けねえ! どうやって地球製のボルトを通すんだよ!」

歴戦のアグレッサー大隊の優秀な整備兵たちをもってしても、未知のパーツの手探りな調整は難航した。配線を繋ぐたびに火花が散り、エラーコードが滝のようにモニターを流れていく。

小島が汗だくになりながら、騎士の残骸と旧式ジェネレーターの間で必死に配線をバイパスさせ、源田が悪態をつきながら物理的に装甲を削り出そうと奮闘する。

だが、時間が無かった。

夜明けが近づき、焦りと疲労がドックに立ち込め始める。いくら彼らが優秀でも、この絶望的な難易度の「魔改造」を、次の出撃や視察団の妨害が来るまでに百五十五機分すべて終えるには、圧倒的にマンパワーが足りなかったのだ。

「クソッ……理論上はいける。シンと大隊長の同調データがあれば、コアがこの出力を制御してくれるはずなんだ……! だが、組み上げる時間が……!」

小島が血走った目で図面を睨みつけ、スパナを握る手にギリッと力を込める。

誰も弱音は吐かない。誰も諦めない。しかし、物理的な「限界」という壁が、確実に彼らの前に立ちはだかろうとしていた。

孤立無援のドックに、グラインダーの火花だけが虚しく散る。

――彼らが、この規格外の祭りを「自分たちだけの力」で乗り切らなければならないと思っていた、その時だった。

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