異世界を近代化するには(第2回)
このシリーズでは異世界を近代化するために必要なもの(技術)とは何かについて考えます。
今回は機械とは何かから始め、中間(適正)技術論について触れます。
ドイツの思想家カール・マルクスの書いた『資本論』といえば、皆さんも名前くらいは聞いたことがあるでしょう。けれども、その中でどのようなことが書かれているのかということを知っている方はあまり多くないのではないでしょうか?
そんな資本論では、「機械」とは何かを考える章があります。産業革命期はまさに機械の台頭した時代でした。人々が道具を使って生産活動を行う「手工業」から、機械がそれを肩代わりする「機械製工業」に時代は移っていったのです。
ところで、皆さんは「道具」と「機械」の違いをどう定義しますか?
パッと思いつくのは機構の複雑さでしょうが、果たして本当でしょうか?複雑な機構のものを考えたとき、それらは何となく機械であるように見えるのは事実でしょう。それでは逆に、簡単な機構のものは機械と言えないのでしょうか?例えばタービンは受けた力を回転力に変え、それを利用して電力を生み出します。たった一行で説明できる作動原理であっても、電力を生み出すと聞くと何だか機械のように思えてきませんか?ましてや発電所に使われる規模のタービンを道具と呼ぶのは違う気がします。
では、機械と道具の違いは大きさでしょうか?これもまた昨今小型化が進む携帯やパソコンの進化を見るに違うでしょう。仕事の大きさという面で考えても、巨大な機械を使って小さなものを生産するという場面は現代社会において当たり前に行われています。
「道具は人が扱うもので、機械は人以外のものから動力が供給されるもの」というのは如何でしょうか?これもまた、人力車は道具で牛車は機械なのかという話になります。人力と畜力までが道具でそれ以外が機械だと言うのならば、先ほど例に挙げた発電用の巨大タービンも道具の一種です。
一体何が道具と機械の違いなのかというシンプルで難解な問いにマルクスはこう答えます。「分からない」と。ただしマルクスも投げ出すだけで終わるような人ではありませんので以下のように付け加えます。「道具と機械の違いを明確にすることは困難だが、十分に発達した機械が備えている3つの要素がある。すなわち動力機、伝達機、作業機であり、このどれか1つが欠けると機械でなくなるということはないが、道具と機械を区別するうえで作業機の果たす役割は特に大きい。」と言います。
動力機というのは機械を動かすための力を生み出す部分です。例えば自動車であればガソリンを燃やして動力に変えるエンジンを積んでいます。作業機は実際に人の作業を代行する部分で、伝達機はそれら2つを媒介する役割を果たします。
こうした機構を備え、十分に発達した機械は異世界を近代化するために役立つのかを考えたとき、必ずしもそうではないと言わざるを得ません。その理由は大きく2つあります。
1つはその機械を活かす方法がない場合には無用の長物となるからです。機械に限った話ではなく成果物に対して需要があってこそ本領が発揮されるものですが現代技術の多くは産業時代以前の異世界にとってそうではないのです。例えば、材料を入れて放っておくだけで餃子を勝手に焼いてくれる機械があったとします。もちろん餃子好きの人には嬉しい機械ですが、これが一家に一台普及するとは到底思えません。異世界に技術を供与する際には、その世界で求められている技術が何かをよく見極める必要があります。
2つ目に普及のための費用や維持の問題があります。金属製の機械を普及させたい場合、当然その機械を生産するのに十分な金属の産出量が必要になります。また、その世界の技術者の多くはその構造を知らないでしょうから、普及のためには教育も必要になります。こういうものを抜きにしてばら撒いたとして、メンテナンスはどうするのでしょうか?
一般に機械とは道具を改良したものとして扱われ、異世界を近代化するためにも当然高度な機械を導入するのが最良だと思われるかもしれません。しかし、本当にそうなのかということを考え、自分の考えた世界に「丁度いい」技術を提供することこそが本当に必要なのです。
常体は自分に合わないので以後敬体を使うことにしました。
同じシリーズ内でコロコロ変わって申し訳ありません。




