Deus Ex Machinaはお嫌いか
なろう小説というのは常に批判に晒される。
曰く物語の進展に裏付けがないと。
全てがそうとは言わないけれども、小説家になろうにおいて一大派閥を築いている「異世界転生もの」では、ある日突然主人公は他を圧倒する力を授かる。
これに対し、やれ努力もなしに力を獲得するのはおかしいだの主人公の能力が高すぎるといったクリシェが投げつけられる。
しかし、実際のところよくある漫画や小説の主人公というのは突如として力を開花させるものである。強力な敵を前に窮地に陥ったとき、奥底に眠る血が騒ぎだし、眠っていた力を呼び起こす展開というのを私たちは幾度となく目にしてきた。
考えてみると、いくら修行をしていようとも突然に窮地がトリガーとなって力を呼び覚ますというのはその修行に裏打ちされた力とは言えないだろう。更に、力が内在的なものであった場合にそれは神から授かったものや血統的なものであり努力とは一切関係ないとすら言うこともできる。
ジャンルは異なるが、探偵小説に出てくる「名探偵」たちがなぜ卓越した推理力を持ち数々の難事件を解決することができるのかに対して説明されていることはほとんどない。なぜなら推理小説の読者が求めているのは難事件とそれを解決するロジカルな手法であり、バックグラウンドというのはおまけ程度のものだからだ。
とするならば「なろう小説」における主人公はその能力に裏付けを必要としないと言える。読者が読みたいのは時代劇的な勧善懲悪物語であり、膝を付きながらも試練を乗り越え主人公が成長していく物語などでは決してないからである。




