神官長アルスタルの悩み
「――どういうことだ?」
アルスタルは首をかしげた。
漆黒の髪に青い目をした神官長は、すでに四十歳を越しているはずだが、神事をしているせいか魔力のせいか、若々しく、まだ二十代後半に見えた。
神殿の瞑想の間にあてられた部屋で、魔力の高い神官が二人、アルスタルのそばに座っていた。
神官長は、ルナーリアより濃い青い瞳を曇らせて、そばにいた神官のひとりにたずねた。
「きみの方は、どうだね、発光はつづいているかい? 」
聞かれた神官は首を横に振る。もう一人にもたずねた。彼も同様だった。
先ほどから、彼らは霊眼でルナーリアの追跡魔法の光跡を追っていたのだ。
ルナーリアの動きが一度途切れ、また動き始めたと思ったのだが、今回は途切れたままだ。これでは、まるで二年前と全く同じではないか。
二年前、聖魔女を決める選考試験が行われたとき、最終選考に残った三人の候補者のうちのひとり、姪のルナーリアが、こともあろうに聖魔女になるのを嫌がり、出奔してしまったのだ。
聖魔女候補になった者は、その段階で追跡魔法がかけられる。彼女たちの行動も審査の対象になるからだ。
候補者の乙女たちの中でも、ルナーリアの魔力は群を抜いていた。言わずともそれは、審査員たちにもわかったにちがいない。このまま行けば、姪が聖魔女になるのは確実だと思っていた。それが――
ルナーリアが消えて二年、その間、聖魔女審査は一応保留になっている。しかし、来年には決定せねばならない。王子が二十一歳の誕生日を迎えるからだ。本来なら、二十歳の誕生日に聖魔女との婚約が発表される予定だったのだが……
このまま、ルナーリアが見つからなければ、二番手のアリザに決定するだろう。残念だが、しかたあるまい。アルスタルは覚悟を決めていた。
アリザはルナーリアの能力には及ばない。しかし聖魔女としての役割は十分こなせるはずだ。ルナーリアの魔力が通常より大きいというだけなのだ。
各地に手の者たちを送り探させたが、ルナーリアは、ようとして見つからなかった。
追跡魔法の最後の発光が途切れたのは、隣国オリエンの上空、その隣のテルナン国との境付近だった。ふっつり消えてしまったのだ。
もしかしたらどちらかに逃げたのかもしれない。しかし彼女の魔力の痕跡すらキャッチできなかった。
最悪、アクシデントが起きて、命を落とした可能性もなくはない。それでも必死の捜索は続けたが、今年に入ってからは、誰しも、もう彼女が見つかることはないだろうという、あきらめの境地に入っていたのだ。
ところが、今朝、アルスタルは、ルナーリアの追跡魔法が動き出したのをキャッチした。同時に探索に関わっていた神官たちも騒然となった。
それなのに……二年前と同じでは、もう済ませられない。
神官長は、捜索の手を広げるよう指示を出した。
そのとき、アルスタルは、側仕えの神官からの無言の伝達を受け取った。来客だ。
彼は瞑想の間を出て、客間に向かう。
*
「ルナーリアが生きていたというのは、ほんとうか?」
凛とした声で、尋ねたのは、この国の第一王子テールベルトだった。
アルスタルは跪いて、静かに答えた。
「まだ、はっきりとはいたしません。しかしながら、彼女の魔力の痕跡は認められました。今、捜索の手を広げております」
おおまかな状況を話したが、王子はうなずいて聞いていた。
王子がお忍びで来たことはすぐにわかった。一人の護衛しか供を連れていないが、彼はアルスタルにひけをとらない魔力の持ち主で、これ以上の護衛はいないというほどの人物、魔法師のジンクだった。
おそらく、彼も追跡魔法をキャッチしているはずだ。どこまで王子に話しているかは、わからないが。こんなに早く王子がここに来たのも彼が知らせたからに違いない。
王子は、話を一通り聞き終えると、椅子から立ち上がった。
「私も捜索に協力しよう。では、また新たなことがわかったら、知らせてくれ。ジンク、いくぞ」
王子はジンクをそばに呼ぶと、瞬間移動魔法を発動させ、一瞬で消えた。
アルスタルは、眉根を寄せた。
(捜索に協力してくれるのはありがたいが、面倒なことにならなければよいが……)
彼は、ジンクがどう動くのか気になっていた。ジンクは手段を選ばぬ男である。悩みが一つ増えた気がした。




