一つ目の課題2
くらくらっとして、わたしはその場に倒れ込んだ。
「おい、どうした!」
ジンクの声がした。
彼は駆け寄ってきて、わたしを抱え上げ、ソファに寝かせた。
「大丈夫か?」
ぼうとした意識はあるが、声を出す元気がなかった。
大きな両手がわたしの頬をはさんだ。
「これは……魔力を縛りすぎたな。それで、魔力が枯渇状態になったのだ。やり過ぎだぞ、ルーア」
光の粒子でぼやけた顔の黒い瞳から一瞬、強い光が放たれたとき、わたしの身体は温かくなり、少しずつ魔力が身体を巡り始めるのを感じた。
彼は手を放して言った。
「少しこのまま休んでいろ。おれがいいというまで」
わたしはうなずく。言われずとも、動くほどの元気はなかった。
*
少しうとうとしたらしかった。
美味しそうな匂いに目を開けた。
暖炉に掛けられた鍋が煮立っている。
テーブルには食器がすでに並べられていた。
わあ、大変、早く起きなきゃ。
わたしが身体を起こしたのを見たジンクが近寄ってきた。
「あ、ごめんなさいっ、お食事作れなくて」
あわてて言う。
「心配するな。調子はどうだ?」
「あ、もうすっかり良いみたい」
手足を動かして見せる。
うん、本当にもう大丈夫そう。
「無理するな。食べさせてやろうか?」
笑いを含んだ声で言う。
わたしは、思わず首を横に振る。
「とんでもない! 師匠に食べさせてもらう弟子なんていないわ。それにもうすっかり……」
彼はソファの前に膝をついて、わたしの両肩に手をかけた。
「師匠じゃない、ジンクだ」
光を宿した眼でわたしの目をのぞき込む。
「よし、もう大丈夫そうだ。だが、まだ動くな。そこに座っていろ」
わたしがしぶしぶうなずくのを見て、彼は鍋を降ろし、テーブルの端に置いた。
スープ皿に取り分けていく。
手慣れているわね、わたしより上手。
「美味しそう」
思わず声が出た。
「キノコのスープだ。食材はまだいろいろあるから、覚えるまで食事作りは手伝うよ。それと、毎日の課題の挑戦は早めに切り上げること。いいか」
「わかった」
わたしは神妙に言う。
今夜の夕食は、パンはなかったけれど、キノコと一緒に野菜やマナフというふわふわした不思議な食材が入っていた。エルフの食材らしい。このスープだけで十分満足するものだった。
食べ終えると、すっかり体の調子は戻っていた。
こうして、わたしの弟子生活は始まり、毎日、課題の結界に挑戦した。
七日を過ぎるころには、弟子の仕事にも慣れてきた。
課題に挑戦するときも、魔力を使い過ぎないように気をつけていたので、もう倒れるようなことはなかった。だけど、いまだ結界を突破できないことに悩んでいた。
ばさばさっと羽の音がして、わたしの肩に銀色の鳶が止まった。
ジンクからの合図だった。
「わかった、もうおしまいにするわ」
それを聞いて鳶は、肩から離れて飛んで行った。
魔力切れで倒れてから、ジンクは魔法の鳶を送って時間を知らせてくれる。
彼はといえば、地下に籠って何かをしていたり、突然どこかへ出かけて行くこともあった。
地下の部屋にも入らせてもらったが、一階の部屋より広かった。地上からの明り取りの窓がつけられていたが、それだけでは薄暗い。だからキャンドルやカンテラを使う。
そこには二つの部屋があった。小さい方の部屋には、竪琴をはじめ、リュートやフルートなどの楽器が、透明なものから白やピンク紫など、さまざまな水晶の間に置かれていた。椅子も置いてある。ここで弾いているのだろう。
大きい方の部屋は、天井まである本棚と幾種もの鉱石が置かれた棚が、古い文様の入った木の机と椅子を取り囲んでいる。
その端の壁際に寝椅子と言ったほうが良いベッドが一つ置かれていた。机の上には、何冊もの本が積み重なっていた。
書斎というより研究室みたい。いや、図書室かも……
地下の掃除は自分でするからと、断られてしまったので、あまり入ることはない。仕事が増えないのはありがたかった。
課題の挑戦を切り上げて小屋に戻ると、ソファに座っていたジンクが手招きした。
何かしら。
首をかしげながら側へ行く。
「魔法陣を使うのをやめてみろ。今夜はおれが食事作りは引き受けるから、もう一度行って課題に当たれ。瞑想を思い出してやってみるんだ」
いきなり驚くべきことを言い出した。
「ええっーー」
思いがけない彼の言葉にとまどいながらも、言われた通り課題の場所へ向かった。
これまではずっと、魔法陣を描いてきた。もう何百と試した。行き詰っているのは事実だった。
でも、魔法陣を使わないなんて?
それをやめてどうせよというのかしら。
瞑想を思い出せと言ったけど……
わたしはその場に座って、とりあえず瞑想を始めてみた。
何か解ることがあるかもしれないと。
力を抜いて、心を開放する――
静かに訪れる意識の拡大……
「あっ」
わたしは、瞑想を中止して立ち上がった。
そうだわ、この感覚。
自分の意識とすべてのものがひとつになる……
結界の前に再び立って、心を開放する。思いを形にしたそのとき、結界の一部に亀裂が入り、ぱらぱらと結界の破片が落ちて、人ひとり通れる隙間が開いた。
やったわ! 課題クリア!
「おめでとう、達成したな」
すぐ耳元でジンクの声がした。
同時に、彼が姿を現した。
わたしは、うれしくて思わず彼に飛びついて抱きしめた。
「ありがとう! やっとわかったわ!」
かれは、驚いたようにわたしを抱きとめて、背中を軽く叩くと、そっとわたしの手をはずした。
「今度は修復するのだ」
少し上ずった声だった。
「どうやって?」
「先ほどの、反対をすればよい」
軽くわたしの両肩に手を置いて、破れた結界の方へ向かせた。
「さあ」
彼は、肩から手を離した。
わたしは、破れた結界の前に立ち、軽く手を上げて、先ほどの感覚を思い起こした。
逆戻りの映像、結界の破片はくっつき、破れた隙間が修復されていく――
見る間に結界が元通りになった。
「よし」
ジンクの声がした。
「戻るぞ、後で竪琴を弾いてやる」
「ほんとう?!」
「約束だからな」
彼はもう小屋に向かって歩き出していた。




