素顔のままで
夕食の後、地下の楽器の部屋で、小さなコンサートが始まった。
大小さまざまな色の水晶に明かりを灯し、それを背にして座ったジンクは、いつも見る彼とは違い、不思議な雰囲気を醸し出している。
エルフの気配だろうか。
竪琴の音が響き始める。
少し離れた向かいの椅子に腰を下ろして、わたしは彼の指から紡ぎ出される美しい音色に耳を傾けた。
古くから伝わるエルフの物語の一部だと、弾き始める前に彼は話してくれた。エルフの少女と若者の出会いの曲だとも。
静かに、そして軽やかに、メロディの中に出会いの喜びと熱が込められていく。
わたしの心も音に合わせて動く。
物語の世界が目の前に浮かんでくる。
何て素敵な音色なのかしら……
うっとりしながら、彼を見る。
いつもは一つに縛っている長い灰色の髪を、今はさらりと背に流して座る姿は、それだけで美しい。ハーフとはいえ、やはりエルフの血筋なのだ。
何があったのかはわからないけれど、エルフの森を捨て、命まで狙われ、顔を隠して、こうして暮らしている。つらくはないのだろうか。
そう思うと、なぜか胸の中がちりちりした。
竪琴の音色のせいかもしれなかった。
曲が終わった。
わたしは力いっぱい拍手する。
「とても素敵だったわ! もう一曲聞かせて」
「一曲だけだぞ」
うれしそうな声を滲ませて言った。
「あ、その前に、お願いがあるの」
「なんだ?」
「顔のベールを外して、素顔のジンクで弾いて。わたし、もう大丈夫。耐えられると思う。だから……」
せめて、竪琴を弾く間くらい、いいえ、この山小屋にいる間だけでも、本来の姿でいてもらいたい。ここを少しでも息をつける場所にしてあげたい。
わたしは、心からそう思った。
彼は、とまどった声で言う。
「なぜまた、急に? いいのか?」
「ええ。素顔のジンクでの演奏が聴きたい……」
わたしの真剣な顔を見て「わかった」と言った。
顔の前に手をかざして光の粒子のベールを外す。
水晶に灯された明かりの前に輝く姿があらわになった。
まるで顔のベールとともに身体全体からも、薄いベールが一枚、外されたかに見えた。
息を呑むほど整った顔立ち。
頬にかかる髪はいつの間にか、淡い光を放つプラチナブロンドに変わっていた。
黒だと思っていた瞳は、夜空の深い紺色に見える。その瞳は、星の光を宿して真っすぐわたしを見ていた。
動悸が激しくなった。わたしは、大きく息を吐く。
ドキドキは止まらないけれど、耐えられそう。二度目だものね。最初の衝撃は通り過ぎたもの。毎日見ていれば、そのうち慣れてくるわ。
「ほら、大丈夫でしょ」
にっこり笑って見せる。
多少、顔は引きつってるけど、この前ほどじゃない。
ジンクは半信半疑の表情だったけれど、「エルフの森の歌だ」と、ひとこと言って弦を鳴らし始めた。
同時に音の世界に入り込んだかに見えた。
本来の彼の姿だわ。
わたしは目を細めて、眩しさに耐えながら曲に耳を澄ませた。
小さなコンサートが終わった後も、素顔のままでいて欲しいと懇願した。
せめてこの山小屋にいる間だけはと。
この小屋でまで、ベールをつけているのは、わたしのためだと思うと、絶対譲れない。
ジンクには、心を休める場所が必要よね。
彼は不思議そうな顔をしたが、とくに嫌がりもせず、うなずいた。
しかし……それからの毎日は、わたしが大変だった。心が休まらない。
ううっ、どうしよう。我慢、我慢、そのうち慣れるわ。
自分に言い聞かせた。
彼がこちらを見るたびに、脈が速くなる。顔が紅くなる。その度に深呼吸して、微笑んで見せた。まだ、こわばってはいたが。
そんなわたしを、彼は可笑しそうに見ている。
いつまでもつか試しているのかもしれない。
そうだとしたら結構、意地が悪い。いや、もともとそうか。
一つ目の課題が終わったので、時間が空いた。次の課題が出るまで、地下の図書室で借りた本を読むことした。
本を読んでいれば、その間は、ほぼ彼を見なくてもすむ。
その日も、貸してもらった本を、ソファで読んでいた。
ジンクが地下から上がってきて言った。
「買い出しに行こう」




