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まったく、その気にならなくて  作者: あけの星
第二章 追っかけ弟子編

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素顔のままで


 夕食の後、地下の楽器の部屋で、小さなコンサートが始まった。


 大小さまざまな色の水晶に明かりを灯し、それを背にして座ったジンクは、いつも見る彼とは違い、不思議な雰囲気を醸し出している。

 エルフの気配だろうか。


 竪琴の音が響き始める。


 少し離れた向かいの椅子に腰を下ろして、わたしは彼の指から紡ぎ出される美しい音色に耳を傾けた。


 古くから伝わるエルフの物語の一部だと、弾き始める前に彼は話してくれた。エルフの少女と若者の出会いの曲だとも。


 静かに、そして軽やかに、メロディの中に出会いの喜びと熱が込められていく。

 わたしの心も音に合わせて動く。

 物語の世界が目の前に浮かんでくる。


 何て素敵な音色なのかしら……


 うっとりしながら、彼を見る。

 いつもは一つに縛っている長い灰色の髪を、今はさらりと背に流して座る姿は、それだけで美しい。ハーフとはいえ、やはりエルフの血筋なのだ。


 何があったのかはわからないけれど、エルフの森を捨て、命まで狙われ、顔を隠して、こうして暮らしている。つらくはないのだろうか。

 そう思うと、なぜか胸の中がちりちりした。

 竪琴の音色のせいかもしれなかった。


 曲が終わった。

 

 わたしは力いっぱい拍手する。

「とても素敵だったわ! もう一曲聞かせて」


「一曲だけだぞ」

 うれしそうな声を滲ませて言った。

「あ、その前に、お願いがあるの」

「なんだ?」


「顔のベールを外して、素顔のジンクで弾いて。わたし、もう大丈夫。耐えられると思う。だから……」

 

 せめて、竪琴を弾く間くらい、いいえ、この山小屋にいる間だけでも、本来の姿でいてもらいたい。ここを少しでも息をつける場所にしてあげたい。


 わたしは、心からそう思った。

 

 彼は、とまどった声で言う。

「なぜまた、急に? いいのか?」

「ええ。素顔のジンクでの演奏が聴きたい……」

 

 わたしの真剣な顔を見て「わかった」と言った。


 顔の前に手をかざして光の粒子のベールを外す。

 水晶に灯された明かりの前に輝く姿があらわになった。

 まるで顔のベールとともに身体全体からも、薄いベールが一枚、外されたかに見えた。


 息を呑むほど整った顔立ち。

 頬にかかる髪はいつの間にか、淡い光を放つプラチナブロンドに変わっていた。

 黒だと思っていた瞳は、夜空の深い紺色に見える。その瞳は、星の光を宿して真っすぐわたしを見ていた。


 動悸が激しくなった。わたしは、大きく息を吐く。


 ドキドキは止まらないけれど、耐えられそう。二度目だものね。最初の衝撃は通り過ぎたもの。毎日見ていれば、そのうち慣れてくるわ。


「ほら、大丈夫でしょ」

 にっこり笑って見せる。

 多少、顔は引きつってるけど、この前ほどじゃない。


 ジンクは半信半疑の表情だったけれど、「エルフの森の歌だ」と、ひとこと言って弦を鳴らし始めた。

 同時に音の世界に入り込んだかに見えた。


 本来の彼の姿だわ。


 わたしは目を細めて、眩しさに耐えながら曲に耳を澄ませた。

 

 小さなコンサートが終わった後も、素顔のままでいて欲しいと懇願した。

 せめてこの山小屋にいる間だけはと。

 この小屋でまで、ベールをつけているのは、わたしのためだと思うと、絶対譲れない。

 

 ジンクには、心を休める場所が必要よね。


 彼は不思議そうな顔をしたが、とくに嫌がりもせず、うなずいた。




 しかし……それからの毎日は、わたしが大変だった。心が休まらない。


 ううっ、どうしよう。我慢、我慢、そのうち慣れるわ。


 自分に言い聞かせた。


 彼がこちらを見るたびに、脈が速くなる。顔が紅くなる。その度に深呼吸して、微笑んで見せた。まだ、こわばってはいたが。


 そんなわたしを、彼は可笑しそうに見ている。

 いつまでもつか試しているのかもしれない。

 そうだとしたら結構、意地が悪い。いや、もともとそうか。


 一つ目の課題が終わったので、時間が空いた。次の課題が出るまで、地下の図書室で借りた本を読むことした。

 本を読んでいれば、その間は、ほぼ彼を見なくてもすむ。



 その日も、貸してもらった本を、ソファで読んでいた。

 ジンクが地下から上がってきて言った。


「買い出しに行こう」






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