一つ目の課題
――ああ、心地よい優しい音色……
わたしは、どこからか流れてくる竪琴の音で、目を覚ました。
美しい音には、軽い魔法の気配があった。
瞬きしてあたりを見る。
ここは……そうだった、山小屋のベッドに寝ていたんだったわ。
竪琴の音はまだ響いている。
ジンクが弾いているのかしら?
わたしはベッドから降りて、小屋の中を見回した。ジンクの姿は見えなかった。
まだ地下にいるのかもしれない。地下へ降りる入り口は、閉まっていた。
竪琴の音はそこから響いてくるようだった。
ジンクが竪琴を弾くとは知らなかったけれど、エルフは音楽が好きで、よく楽器を演奏するということは、聞いた覚えがあった。
そうだとしたら彼も弾けないはずはないわね。
竪琴を弾く彼の姿を見てみたくなった。
それに地下はどうなっているのかも気になった。
後で見せてもらおう。とりあえず弟子の仕事を始めなくちゃ。
入口の戸を開けて、外へ出た。まだ日は登っていないが、空は朝焼けが始まる前の明るみを帯びている。
わたしは裏庭の流れ落ちる清水で、顔を洗い、部屋に戻った。
小さな風を起こして窓と戸口から埃を掃き出す。濡らした布を固く絞り、家具や床を拭く。
一通り終わると小屋の外に出て、また小さな風を起こして、ゴミや落ち葉をかき集め、火の魔法で燃やした。
小屋に入って行くと、ジンクがソファの横の床に座って瞑想していた。
わたしも、少し離れて彼の隣に座り、呼吸を整える。
瞑想するのは、魔法学院でもいつものことだったから、とくに力みもせず半眼に目を閉じた。
やがて軽い手を打つ音がして、瞑想の雲間から戻ってきたときには、すっかり日は登り切っていた。まだ昼には早く、朝食には遅い時間だった。
「さあ、食事にしよう」
わたしは弟子らしく、さっと立ち上がる。
暖炉に火を起こし、鍋を温めておいてから、昨夜の残りのパンと食器をテーブルに並べた。
温まったスープを、木のスープ皿に入れ、彼の前に置いた。
これで完璧よね。
そう思ったとき、それまで何も言わず、わたしの様子を見ていたジンクが言った。
「おまえの分はどうした」
「え、弟子は一緒に食べないものでしょ?」
ジンクは苦笑しながら言う。
「そういうことは気にするな。おれたちには当てはまらない。食事は一緒でいい」
「わかった。一緒に食べる」
わたしは、自分の皿にスープを入れた。
「よく眠れたか?」
彼はわたしの顔を見ながら言う。
「おかげさまで。よく眠れたわ。さっきの竪琴は、ジンクが弾いていたの?」
「ああ。ちゃんと聞こえたようだな」
「とてもきれいな音だったわ」
「これから毎朝、弾いてやる。目覚ましだ」
「わたしを起こすために弾いていたの?」
「まあな」
「目覚ましだけじゃなくて、ちゃんと聴きたいわ」
「そうか……そうだな、弾いてもいい。よし、一つ課題を出すから、それが達成できたら褒美ということにしよう」
「えっ、課題?」
「この山小屋に張っている結界の一ヶ所だけ、少し薄くしてある。
魔力は今以上出さずに破ってみろ。そこだけでも破れたら合格だ」
「はいっ」
わたしは威勢よく返事した。
やった、ジンクの結界を破るチャンスだわ!
朝食を食べ終えたあと、急いで片付ける。ジンクはもう手伝ってはくれなかった。
いよいよ本当の修行開始ね。
わたしは気を引き締めた。
勇んで外へ出ようとするわたしに向かって、彼は声をかけてきた。
「あまり、気負うな。自然体でやれ。毎日、夕食の支度をする前までやっていい」
「はい、師匠」
「師匠は、やめてくれ」
「じゃあ、先生!」
「ダメだ、もっと居心地が悪い。ジンクでいい」
「はい、ジンク」
「よし、行っていいぞ」
わたしは小走りに外へ飛び出した。
いつもの結界が張られている場所まで来て、触りながら薄い場所を探して行く。
まもなく、いくらか薄い感じのする部分を見つけた。
毎日、やっていいって、言ってたけど、そんなに時間かからないわよね。たぶん。
わたしは魔力を制限し、呼吸を整える。瞬時に火炎の魔法陣を描いて、薄い部分に火炎を投げた。
が、結界はびくともせず、火炎はくすぶって消えた。
今度は、雷の剣で試したが、結果は同じだった。
「これも駄目か……」
わたしは唸った。どうしたものか。それで今度は二種類組み合わせでやってみた。それも、いくらかましな程度で、破れそうにない。
あれこれ考えて試しながら、やっているうちに、気がつくともう陽が傾き始めていた。
いけない、夕食の支度をしないと。
弟子って、結構大変なのね……
もう、かなり疲れ果てていた。
これから戻ってまた一仕事だ。
邸だと自分のことさえしていればよかった。
マダーや侍女、料理人たちがやってくれていたことの、ありがたみをつくづく思った。
これが、人に仕えるということなのだ。
だけど、自分で決めたことなのだもの、頑張らないと……
わたしは自分を励まして、小屋の戸を押し開けたときだった、目の前が揺れた気がした。




