顔のベールを外したら
「――アンバー辺境伯から聞いた」
ジンクは、ぼそっと言った。
「知り合いだったの?」
「ああ、親父の方だがな。王子に推薦してくれたのは、やつだ」
そういえば、マダーが言っていたわ。
わたしは思い出した。どこだかの伯爵を助けてから、王子に仕えるようになったと。
そうだったのね、アンバー辺境伯……それにしても早すぎない?
「わたしが聖魔女候補から外れたことを、そんなに早く知っていたの?」
ジンクはうなずく。
「その日のうちにな。おれに確かめにきた。そのとき、言っていたよ、おまえと息子を会わせると。この上ない縁組になると喜んでたな……」
「――断ったわ」
ジンクは言葉を止め、驚きの目でわたしを見た。。
「なぜだ、いい縁談だったろう?」
「アフィン様は、いい方だったわ。わたしが修行したら魔力を取り戻せるかもしれないので、修行に出ると――そのために超大魔法師の弟子になるからと言ったら、わかってくださったみたい」
「なんだって、超大魔法師? おれのことか?」
「あは、そ、それは言葉のあやで……つい口が滑っちゃって…‥」
わたしは軽く頭を搔いた。
「それともジンクだと言ってよかった?」
「いや、それでいい」
笑いながら言う。
なにげなく、隣に座っている彼の腕に手をかけて、気になっていたことを口にした。少ししか飲んでいなかったが、花蜜酒のせいかもしれなかった。
「ジンクの本当の顔を見せて」
彼は、大きく目を見開いて、わたしを見つめ、腕にかけていたわたしの手を一瞬強く握ったが、すぐに腕から外した。
「見たいのか」
「ええ。一度だけでもいいから、お願い」
「仕方ねえな」
ナナシのおじさんのような言い方をした。
それから、自分の顔の前に、片手をかざして揺らした。と、光の粒子がふわっと顔から消えた。そこにあったのは、息を呑むほど整った美しい顔だった。まごうことなき森のエルフの顔といってよかった。どこかヘルーネに似ていた。
その顔が近づいてきた。
「わ…」
わたしは思わず声を上げそうになった。
眩しすぎる…
わたしは両手で自分の顔を隠した。
「どうした、怖いのか?」
わたしの両手首をとって、顔から引きはがすと自分の顔を近づけた。
まずい、美しすぎるわ!
動悸が止まらない。
わたしはちらっと彼の顔を見たが、すぐに、ぎゅっと目を閉じた。
「わかった、もういいから元に戻して」
彼はわたしの額に自分の額を軽く当てると、笑いながらわたしを放した。
「わかっただろう、おれが顔を隠している理由が」
「わかった……」
「もういいぞ」
ジンクはまた顔に光のベールをかけたらしかった。
おそるおそる目を開ける。
いつものようにぼやっと光の粒子が彼の顔を包んでいた。
やれやれ、良かった、まだこの方が安心できる……
これほどの美形、まともに見られる人がいるんだろうか。人でないのが一目でわかるよね。あ、ジンクはハーフだっけ。
「でも、そんなに美しいのに、隠すのはもったいない気もするけどね……」
自分の衝撃は棚に上げて言う。
「エルフの森にいれば、ベールをしなくても暮らせるが、おれは、森にいたくなくて、出てしまったからな。厄介なことに巻き込まれたくないから、こうしてるのさ。しかしすでに遅かったともいえるが……」
「なにかあったの?」
「ああ。ここ十年以上、つけ回されている」
ひやっ、追っかけ? わたし以上の? 汗が出そう。
「な、何をしたの?」
「おまえ以上に厄介なやつが、おれを気に入ったらしい」
「それで、十年以上も追っかけるなんて、普通じゃないわね」
「人間の年月で言えばそうだが、千年近く生きる者にとっては、大した時間じゃないのさ」
「じゃあ、エルフなの? 相手は」
「ダークエルフだ。まだ人には知られていない土地に……いや、もう国かもしれないが――住んでいる者だ」
「よほど気に入られたのね」
「おれが、エルフの森を出て、最初に入った土地で、出会ったダークエルフに連れて行かれたのが、かれらの女王の前だった。
女王は連れ合いを亡くしたばかりで、寂しかったんだろう。おれをその埋め合わせにしようとしたんだ。おれは、逃げたよ。囚われた塔を壊して。
それ以来さ、命を狙う追っ手が、ちらちらまとわりつくようになったのは。
やっとこの頃、姿を見かけなくなった。まだ安心はできないが」
「そんなことが……」
「それからだ、この顔を隠すようになった」
わたしは、黙って彼の腕を撫でた。
「つまらぬ話をしたな。さあ、片付けるぞ」
わたしの手を、そっと外して立ち上がった。
残ったパンを戸棚にしまい、スープの鍋に蓋をして、台所で食器を洗った。少しだったし、ジンクが教えながら一緒に洗ってくれたので、すぐに片付いた。
「さあ、寝よう」
その声で、気がついた。
ベッドが一つしかないわ。どうしよう?
焦っていると、ソファが目に入った。
「あ、わたし、このソファで寝るから」
突然の申し出に、彼は小さく笑って言った。
「ああ、ベッドのことか。安心しろ。おれは地下で寝る」
「地下があるの?」
「そうだ。じゃあ、おやすみ」
彼は暖炉の横へ行き、床に置かれていた敷物をどけた。その下の床にそっと触れる。すると、音もなく地下への入口が現れた。
彼は慣れた様子で地下へ降りて行った。




