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まったく、その気にならなくて  作者: あけの星
第二章 追っかけ弟子編

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顔のベールを外したら


「――アンバー辺境伯から聞いた」

 ジンクは、ぼそっと言った。


「知り合いだったの?」

「ああ、親父の方だがな。王子に推薦してくれたのは、やつだ」


 そういえば、マダーが言っていたわ。


 わたしは思い出した。どこだかの伯爵を助けてから、王子に仕えるようになったと。


 そうだったのね、アンバー辺境伯……それにしても早すぎない?


「わたしが聖魔女候補から外れたことを、そんなに早く知っていたの?」


 ジンクはうなずく。

「その日のうちにな。おれに確かめにきた。そのとき、言っていたよ、おまえと息子を会わせると。この上ない縁組になると喜んでたな……」


「――断ったわ」


 ジンクは言葉を止め、驚きの目でわたしを見た。。

「なぜだ、いい縁談だったろう?」


「アフィン様は、いい方だったわ。わたしが修行したら魔力を取り戻せるかもしれないので、修行に出ると――そのために超大魔法師の弟子になるからと言ったら、わかってくださったみたい」


「なんだって、超大魔法師? おれのことか?」

「あは、そ、それは言葉のあやで……つい口が滑っちゃって…‥」

 わたしは軽く頭を搔いた。


「それともジンクだと言ってよかった?」

「いや、それでいい」

 笑いながら言う。


 なにげなく、隣に座っている彼の腕に手をかけて、気になっていたことを口にした。少ししか飲んでいなかったが、花蜜酒のせいかもしれなかった。


「ジンクの本当の顔を見せて」


 彼は、大きく目を見開いて、わたしを見つめ、腕にかけていたわたしの手を一瞬強く握ったが、すぐに腕から外した。

「見たいのか」

「ええ。一度だけでもいいから、お願い」

 

「仕方ねえな」

 ナナシのおじさんのような言い方をした。

 

 それから、自分の顔の前に、片手をかざして揺らした。と、光の粒子がふわっと顔から消えた。そこにあったのは、息を呑むほど整った美しい顔だった。まごうことなき森のエルフの顔といってよかった。どこかヘルーネに似ていた。


 その顔が近づいてきた。

「わ…」

 わたしは思わず声を上げそうになった。

 眩しすぎる…

 わたしは両手で自分の顔を隠した。


「どうした、怖いのか?」

 わたしの両手首をとって、顔から引きはがすと自分の顔を近づけた。


 まずい、美しすぎるわ!


 動悸が止まらない。

 わたしはちらっと彼の顔を見たが、すぐに、ぎゅっと目を閉じた。


「わかった、もういいから元に戻して」


 彼はわたしの額に自分の額を軽く当てると、笑いながらわたしを放した。


「わかっただろう、おれが顔を隠している理由が」

「わかった……」


「もういいぞ」


 ジンクはまた顔に光のベールをかけたらしかった。

 おそるおそる目を開ける。


 いつものようにぼやっと光の粒子が彼の顔を包んでいた。


 やれやれ、良かった、まだこの方が安心できる……

 これほどの美形、まともに見られる人がいるんだろうか。人でないのが一目でわかるよね。あ、ジンクはハーフだっけ。


「でも、そんなに美しいのに、隠すのはもったいない気もするけどね……」

 自分の衝撃は棚に上げて言う。


「エルフの森にいれば、ベールをしなくても暮らせるが、おれは、森にいたくなくて、出てしまったからな。厄介なことに巻き込まれたくないから、こうしてるのさ。しかしすでに遅かったともいえるが……」


「なにかあったの?」


「ああ。ここ十年以上、つけ回されている」


 ひやっ、追っかけ? わたし以上の? 汗が出そう。


「な、何をしたの?」

「おまえ以上に厄介なやつが、おれを気に入ったらしい」

「それで、十年以上も追っかけるなんて、普通じゃないわね」

「人間の年月で言えばそうだが、千年近く生きる者にとっては、大した時間じゃないのさ」


「じゃあ、エルフなの? 相手は」

「ダークエルフだ。まだ人には知られていない土地に……いや、もう国かもしれないが――住んでいる者だ」


「よほど気に入られたのね」

「おれが、エルフの森を出て、最初に入った土地で、出会ったダークエルフに連れて行かれたのが、かれらの女王の前だった。


 女王は連れ合いを亡くしたばかりで、寂しかったんだろう。おれをその埋め合わせにしようとしたんだ。おれは、逃げたよ。囚われた塔を壊して。


 それ以来さ、命を狙う追っ手が、ちらちらまとわりつくようになったのは。  

 やっとこの頃、姿を見かけなくなった。まだ安心はできないが」


「そんなことが……」

「それからだ、この顔を隠すようになった」


 わたしは、黙って彼の腕を撫でた。


「つまらぬ話をしたな。さあ、片付けるぞ」

 わたしの手を、そっと外して立ち上がった。


 残ったパンを戸棚にしまい、スープの鍋に蓋をして、台所で食器を洗った。少しだったし、ジンクが教えながら一緒に洗ってくれたので、すぐに片付いた。


「さあ、寝よう」

 

 その声で、気がついた。

 

 ベッドが一つしかないわ。どうしよう? 


 焦っていると、ソファが目に入った。


「あ、わたし、このソファで寝るから」


 突然の申し出に、彼は小さく笑って言った。

「ああ、ベッドのことか。安心しろ。おれは地下で寝る」


「地下があるの?」

「そうだ。じゃあ、おやすみ」


 彼は暖炉の横へ行き、床に置かれていた敷物をどけた。その下の床にそっと触れる。すると、音もなく地下への入口が現れた。


 彼は慣れた様子で地下へ降りて行った。



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