本当の弟子になる
「まさか本当に来るとは……よくここがわかったな」
陶器のポットから、こだわりなく二つのマグカップに、なみなみと紅茶を注ぎ、わたしの前に一つを置いて言った。
ソファに並んですわり、紅茶を飲んだ。
この部屋には他に椅子らしきものはなかった。
「当然でしょ、弟子になるって言ったのだもの。それに、ここを教えてくださったのは、あなたのお祖母様よ」
ジンクは大きく目を開いて、わたしの顔を見た。
「会ったのか?」
「ええ」
「どこで」
「エルフの森で……」
「行ったのか」
「山賊に縛られた縄を解いていただいたわ」
「山賊? どういうことだ」
いきなり彼がわたしの両肩を引き寄せて、怖い顔で言ったので、しかたなく馬車が襲われた話をした。
「それで、ペガサスのアジューに乗って、天界の境界にある森へ行っ――」
わたしの言葉が終わらぬうちに、わたしは彼に抱きしめられていた。
「わるかった、眼を離すのではなかった。邸で楽しく過ごしているとばかり思っていた……」
わたしは彼の腕の中で、引き寄せられた温かな胸の鼓動を聴いた。それに合わせて、わたしの鼓動も速くなった。熱が頬に上ってきた気がした。
なぜ? どうしちゃったのかしら、わたし……ドキドキしてくるなんて。
そのとき彼は、はっと我に返ったように、わたしを放した。
軽く咳払いして言った。
「約束通り、封印を解いてやろう」
ジンクはわたしの頬を両手で挟むと、光のこもった黒い瞳でじっと見つめた。顔にかかったベールの光がゆらぎ、一瞬彼の顔の輪郭が見えた。と、すぐにまた光のベールの向こうに見えなくなった。
彼が手を放した。
「これで、解除は完了だ。だが、まだ大きく使ってはいけない。新たな聖魔女が決定するまで、抑えておくのだ。いいな」
わたしはうなずいた。
早速、小さな炎を手に出してみた。
それを動かす。
「よかったー」
思い通りに動く。
わたしは、うれしくなってジンクの手を取った。
「ありがとう……っていうべきよね!」
ちょっと複雑だけど……
彼は、黙ってわたしの手を離す。
「――それで、ヘルーネは、元気そうだったか?」
話を切り変えた。
「あ、いけない、伝言があったわ。あなたに会いたがっていると伝えてほしいと。それから、これを渡してと――」
収納ポケットから虹色の小箱を取り出してジンクに渡した。
ジンクは、ぎょっとした顔でそれを受け取った。
「なにか、驚くようなものなの? それは」
「いや…何でもない」
彼はそれをポケットにしまい込んだ。
「ヘルーネが、会いたいと……そうか……」
少し懐かしい目になった。
「他に何か聞いたのか」
「少しだけ……」
「何を聞いた?」
「……」
言っていいものかどうか、迷っていると、彼の方から言った。
「おれがハーフのエルフだってことか」
わたしはうなずく。
「本当のことだから、別にいいさ。いつも、どちらつかずで中途半端なんだ、おれは…… おれの弟子になんかならない方がいい」
投げやりな言い方に、わたしは驚いて彼を見た。
そんな彼を見たのは初めてだった。
「なんで? だからこそ素晴らしい魔法が使えるのでしょ?」
「エルフの魔法で、人の魔法じゃない」
「そんなこと、関係ないわ! どちらがどちらを学んだっていいじゃないの」
ジンクは驚いた眼でわたしを見た。
「あはは、おまえは面白いな、やっぱり」
大きな手でわたしの頭を撫でた。
そして、少し考えてから言ったのだ。
「厳しいことになるが、覚悟はあるのか?」
「もちろんよ。でなければ、ここになんか来ないわ」
「その言葉に、二言はないな? やめるなら今だぞ」
「ないに決まってるでしょ! わたしは、大魔法師になるんだから」
「大魔法師?!」
ジンクはまた、おかしそうに笑った。
「いいだろう。その言葉を忘れるな」
「忘れないわ」
「よし、それなら、しばらくはここで修行だな。弟子は師匠の世話をする。それが第一歩だ。毎日小屋の掃除と食事を作ること。その合間に魔法の練習だ。できるかな?」
「やり方を教えてもらえれば、できるわ。これでも、以前は下働きメイドをしていたこともあるのよ・・・」
「そうだったな、しかし……まあ、やってみろ。やり方は教える」
「やった! 本当の弟子になれたのね」
わたしは、飛び上がりたいほどうれしかった。
ただ、多少の不安はあった。
掃除や片づけは大丈夫。
でも、食事作りとなると自信がない。
でもまあ、教えてくれるって言ったしね。それに魔法で作れば問題はないわ。
そうそう、マダーが出かける前に用意してくれた料理が収納ポケットに入っていたわ。いざとなれば、これを出せばいい。
不審そうに見つめるジンクに、わたしはにっこり笑ってみせた。




