山小屋はどこに3
「もしかして……あなたはジンクのお母様ですか?」
わたしは、緊張しながらたずねた。
ヘルーネは軽く笑ってから、濃い紫の瞳でじっとわたしを見た。
瞳に宿る光は彼のものと似ていた。
「いいえ、私は、あの子の祖母なのですよ。もうずいぶん前に、会ったきりで……旅に出たと、あの子の母親から聞いてはいますが……」
「え、お祖母様?」
ヘルーネはうなずいた。
「ええっ!」
わたしは驚きの声を上げた。
ジンクって、エルフだったの!?
「お孫さん? では、彼もエルフだったのですね」
「完全なエルフではありませんけどね、父親は人間でしたから……」
それを聞いて、わたしはまた驚いた。
エルフと人のハーフだったなんて……
「――それで、あの子は、あなたを捕まえる仕事をしていたということ?」
「まあ、そういうことになりますね。第一王子の側近魔法師でしたから」
「そう……それで今も王子のもとに?」
「いいえ、わたしが魔力を使えなくなって、聖魔女候補から外れたことが原因で解任されたらしいのです。その後、旅に出ると言って姿を消してしまいました」
「まあ……」
「あの、ヘルーネ様は、ジンクの山小屋をご存じではありませんか?」
「あの子の山小屋?」
少し考えていたが、ふと思い出したように言った。
「――もしかしたら、人界との境界にある山小屋かもしれないわね」
「人界との境界?」
「ええ。ここは天界との境界ですが、あの子の母親は人界との境界にある場所に住んでいますからね」
「ありがとうございます! 行ってみます」
「そう。気をつけてお行きなさい。あのペガサスが、あなたを連れて行ってくれるでしょう。もし、ジンクに会ったら、私が会いたがっていたと伝えて。ああ、それとこれを渡してくださるかしら」
彼女は光を片手に集めた。すぐそれは真珠色の小さな箱になった。
それをわたしに差し出した。
わたしはそれを受け取って言う。
「わかりました、必ず」
それから、立ち上がって淑女の礼をした。
なんとなく、そうするべきだという気がしたのだ。
「ここを出て右に行けば、さきほどの森の入口に出るでしょう。さあ、お行きなさい」
わたしはヘルーネの山小屋を後にした。
森の入口にわたしが姿を現したとたん、アジューが駆け寄ってきた。
――解いてもらえたんだね、よかったー ――
「ねえ、アジュー、さっきのエルフって、どういう……?」
――ヘルーネはねー、エルフの王子妃だよー光の魔法の使い手なんだー ――
「そうだったのね……」
どおりで、美しい光の魔法だった。
あの縄が光の粒子となって消えたのを思い出した。
それに、あの威厳ある態度は、王子妃だったからなのね。
彼女の周りには、不思議に背筋を伸ばしたくなる、柔らかな気が取り巻いていた。
「それでね、あの方、ジンクのお祖母様だったのよ。だから教えてもらったの。彼の山小屋を。アジューが連れて行ってくれるって。人界との境界よ。知ってる?」
――知ってるよー 行こう、さあ乗ってー ――
わたしは紺色のペガサスの背の上で、周囲の景色が揺らいでいくのを見ていた。
虹色の光を放つ森も、光る草花も揺らぎ、ついには霧も揺らいで消えた。
やがて薄青い空の下に、薄く霞のかかった緑の山や森が見えてきた。
アジューは山間の少し開けた場所に着地した。
細い川が流れている。その周囲に緑の葉を茂らせた木々が連なっていた。
その奥には見覚えのある山小屋があった。
ただ、その光景は、まるで霞の中に描かれた絵のように見えた。
ジンクの山小屋だわ!
わたしは、アジューから降りて、首を撫でた。
「ありがとう、アジュー、ここだわ。ここは、人界との境界になるのね」
――そうだよー じゃあ、ボクは行くねー 何かあれば、いつでも呼んで――
アジューは空高く飛び上がって、あっという間に見えなくなった。
わたしは霞の中を、細い川をたどり、山小屋の前まで歩いて行く。
あの裏山から流れていた小さな川が、ここに続いていたのね。
さあ、問題は結界だわ。どうすればいいかしら。
あれこれ考えながら、小屋の前にきた。
この辺りから結界は張られているはずだった。
わたしは、慎重に歩を進める。
やがて、空気の壁にぶつかった。
ここからだわ……
押しても無理なのはわかっているけれど、結界の強度を確かめるつもりで、空気の壁を両手でぐっと押してみた。
「あっ」
思わず声がもれた。
両手がすっと中に入った。その拍子にバランスを崩して前のめりに倒れ込んだ――と、そのとき、わたしを掬い上げる腕を感じた。
気がつくと、わたしはジンクの腕に抱えられていた。
「わっ」
ジンクの顔見上げて、驚きの声を上げた。
「なんだ、それは」
「だって急に現れて、抱き上げられれば驚くわ……」
「ああ、とっさだったからな。しかし、ここは礼を言うべきところだろう?」
「あ、ありがとう」
転ばずに済んだのは、確かだ。
まさかジンクが現れると思っていなかったし、驚くのは当たり前よね。でも、この状況は何?
なんだかいつもと違ってドキッとした。これまで何度も抱き上げられたり、抱き寄せられてもなんとも 思わなかったのに。いや、あのときは、怒り狂っていたから何とも思わなかったのかもしれなかった。
彼はわたしを降ろした。
「まあ、入りなさい」
ジンクは小屋に入って行く。
わたしは、あわててその後を追った。




