超大魔法師 アフィンside
「お呼びでしょうか」
王都にある邸の自室で、机に向かっていたアンバー辺境伯の嫡男アフィンは、密やかな声を耳元で聞いた。
「ああ。入ってよいぞ」
その声と同時に、グレーのマントを着た一人の青年が空間から姿を現し、アフィンの傍らに膝をついた。マントの裾からは、腰につけた剣先が見えている。
「ご用命は?」
「グリッダー男爵令嬢、ルナーリアを見張れ。動くようなら、気づかれぬよう護衛を頼む。事あるごとに報告してくれ」
「かしこまりました。手配いたします」
青年は、来た時と同じ移動魔法で姿を消した。
彼は、アフィンの護衛であり、従者の魔法騎士だった。
先ほど、ルナーリアのお祝いの会から戻ってきたアフィンは、明日の講義の準備をしているところだった。
アフィンは王立魔法学院を卒業した後、院長の依頼を受けて、魔法騎士科で、治癒魔法の講義を受け持っている。学院でも治癒魔法の成績は群を抜いていたからだった。
本来ならば今日は、一日準備のために時間を使うところだったが、父からの要請でグリッダー男爵家に出向いたのだ。
父から話を聞くまでは、自分の結婚のことや、ルナーリアのことなどあまり関心はなかった。聖魔女候補で、行方不明の少女が見つかったが魔力は失われ、聖魔女候補からも脱落したという話も、そこで聞いたくらいだった。
父はにやりと笑って言った。
「チャンスだとは、思わんか? 魔力がなくなれば、普通に婚姻できる。娘に魔力がなくとも大魔法師の家系だ。現に父親は、魔法学院の教授だし、母親は神官長の妹だ。我が領の安全と保全のために血を繋ぐには、この上ない一族。明日、娘に会ってこい」
アフィンは、ため息をついた。
父の言うとおり、たしかに有力な婚姻だろう。とりあえず見るだけでもいいか、という軽い気持ちで、参加したパーティだったのだが……
とんでもない、えらいことになってしまった……
初めて見たときは、思いのほか愛らしい、淑やかな少女に見えた。
ところが、話し始めると全く違った。
キラキラ輝く勝気そうな空色の瞳、ふわりと結い上げられた艶やかな黒髪。全身からは、話すたびに光が放たれるように感じる発散の気。
魔力がなくても、この美しさは、どういうことだろう?
自分が魔法師だから、そう感じるのだろうか?
まるで、神殿の彫像や、タペストリーに描かれたアルテルナだ。女神を人の形にすると、こうなるのではないかと思ったのだった。
アルテルナは、束縛を嫌い、自由に野山を駆けまわり、狩りをするのが好き。勝気で美しい女神だと聞いている。
アフィンが見とれているうちに、彼女はとんでもないことを言い出した。
魔力が完全になくなったわけではない、それを取り戻すために修行の旅出ると。
修行先は、超大魔法師だという。
そんな者が本当にいるのだろうか?
まあ、この世界は、わからないことだらけだ。いるなら、私も会ってみたい。
しかも、このことは内緒だと、私に秘密の共犯者になることを突き付けてきた。
約束はしたが、彼女を一人旅させるには、やはり私の気持ちが許さない。
だから、こっそり護衛を付けることにした。
本当に超大魔法師がいるなら、誰なのか突きとめたいという下心かもしれない。
だが、どう考えても、それらしき人物は思い当たらない。ただ、一人だけ、大魔法師なら、あいつかもしれないと思う人物はいる。
王子に仕えていた魔法師だ。
魔法師ジンク。不思議なやつだ。
二年前、父が領地の見回りから帰る途中、いきなり盗賊らしき輩に襲われた。
そのとき、父を助けてくれたのが、彼だったのだ。
父は、かなり恩義に感じていたこともあり、報奨を断る彼に王子を紹介した。
ジンクの力があれば、王子の護衛に役立つと思ったのだった。
第一王子テールベルトの母、現王妃であり、聖魔女は父の妹なのだ。
アンバー家には、昔から、ときどき優れた魔法師が誕生する。
叔母の魔力は、幼いころから特別だったと父から聞いた。
自分は、そこそこの魔力しかないが。父といえば、ほとんど魔力はない。
だから、わが家にもっと大きな魔力の血を入れたいと思っているらしい。
ふと、ルナーリアの顔が浮かんだ。
彼女は大魔法師になりたいと言っていた。
魔力を取り戻せたら……の話だ。
取り戻せなかったら?
そのときは、考えてもいいか……
アフィンは少し口元をゆるめた。




