追っかけも修行?2
「お嬢様、いい感じでございましたね」
部屋着に着替えたわたしの髪を、ゆっくり梳かしながらマダーが言った。
「そう見えたかしら?」
「ええ、お顔を寄せ合って、それは仲睦まじくお話をしておられたではありませんか。マダーは嬉しゅうございましたよ。お嬢様があんな風に殿方とお話しできるなんて、思いもよりませんでした」
「え、ああ、それは誤解よ――」
あのとき、内緒話として声を潜めたとき、もしかしたらかなりアフィンに近づいていたかもしれない。
ちょっとまずいわ。誤解を解いておかなくっちゃ。
「アフィン様には、本当のことを少しだけだけど、話してしまうことになって……」
「それでございますよ、心が通じ合うというか、気が合う方には、本当のことを話してしまいたくなるものですわ」
「ええっ、まさか、ち、違うわよ」
わかってますよと、勝手にマダーはうなずいている。
「気がお合いになったのですね、では、旅に出るのは、中止なさいませ」
「ち、ちょっと、待って、なんで中止しなくてはならないの? あの方とは、魔力についてお話しただけよ」
「そうでございますかぁ?」
にっと笑ってわたしを見る。
たしかに、言われてみれば、結婚話を断るためとはいえ、なぜわたしの魔力のことや、修行に出る話をしてしまったのだろう?
人の話を静かに耳を傾けてくれる雰囲気のせいかもしれなかった。
強いて言えば、話しやすい友人というか、いや、やっぱり学院の先生のような……
いやいや、いや、国境の守護の話をするためには、その話は避けて通れないものだったわ。
自分では納得したけれど、マダーはそうではないみたい。
しかたないので、彼との話の内容をざっくり聞かせた。
それでマダーはなんとか納得したようだった。
「では、本当に明日、お立ちになるのですね」
「ええ。あの方には、数日後といってあるけれど、心配だから明朝出るわ。馬車は大丈夫? それとジンクのことは?」
「それは、もう間違いなく。馬車は早朝の便を調べてございますよ。
ジンク様のことは、城の厩勤めの甥から聞きましたが、二年ほど前、どこだかの伯爵様を盗賊からお助けになったことから、王子殿下にお仕えするようになったそうで。素晴らしい力をお持ちの魔法師様との噂でございました。
ただ、この度のお嬢様のこと、聖魔女候補の件もあり、解任されたとか。それは、ご自分から申し出たのだという者もおりますが。行く先はよくわからないと……」
「えっ」
わたしは小さく声を上げた。
ジンクが王子殿下から職を解かれたのは、自分のせいでもあるというのは、少なからず衝撃だった。
でも、もとはと言えば彼が魔力封印したせいだし……そのおかげで聖魔女候補から外れることができたのも事実だし……
わたしは複雑な思いに心が重くなる。
「ただ――」
マダーが続けた。
「ただ?」
「なんでも、以前から山の方へ、時々行っておられたのではないかと。当家の鉱山町でも見かけた者がいるそうです」
「それはいつのことかしら?」
「最近らしゅうございますよ。手がかりになりますでしょうか?」
「そうね、手がかりの一つになるかもしれないわ。とりあえず、予定変更で鉱山町へ行くことにしたわ。朝の馬車は鉱山町まで行くのはあるかしら?」
「直通はございませんが、途中乗り換えでいけるはずです」
「それ以外は何かあった?」
「ございません」
マダーはきっぱり言った。
「それより、お嬢様、お約束はちゃんと守ってくださいませね。月に一度は、私に便りをくださることを。ご無事かどうか、心配で毎日心が休まりませんから」
「わかったわ。今度はちゃんと手紙を書くから安心して」
そうだった、つい先日までの二年間、マダーにも心配かけてしまった。そのせいだろうか、白髪が増えている。少し胸が痛んだ。
「お願い致しますね。それと、旅に出られることを、旦那様や奥様に書き置きなさるのも、お忘れなきよう。今、ペンとインクをお持ちしますからね」
マダーがテーブルの上に羽ペンとインク壺、手紙用の紙を並べるのを見ながら、収納バッグの中身を確認した。
乳母が用意してくれた食べ物と着替え。それと小箱に貯めていた、お小遣いの金貨のうち二枚を取り出して入れた。これだけで一、二か月は何もしなくても暮らせる。まだ銀貨もある。なくなるまでに、ジンクを見つけなくては。
マダーにせかされて、わたしはテーブルに座り、両親と兄宛にも簡単な手紙を書いたのだった。
*
翌朝、まだ太陽が昇る前に、わたしはマダーに見送られて、地下にある隠し通路から邸の外へ出た。
そこは、こんもりとした小さな森の中の、蔦が絡まる古い石垣の間だった。
男爵邸は増築してあるが、元の古い建物は曾祖父以前の時代に造られたものだ。
当時は戦いの時代。とくにわが家には仕掛けが多い。
いつ何時でも脱出できる抜け道や、隠れ部屋、隠し戸棚などがある。
しかしその存在は、ほとんど忘れられ、一部しか伝わっていなかった。
でも、わたしは見つけてしまったの。隠し戸棚を。五歳のときだったわ。
そこには、仕掛けの位置が書かれた邸全体の見取り図が入っていたの。
だから、だいたいの仕掛けと場所は覚えている。
見取り図は、今は隠し戸棚へしまってあるけれど、わたしだけの秘密。
地下の抜け道だけは、マダーに教えた。というより、わたしが出入りするのを見つけられてしまった、というのが本当のところだけど。
まともに邸の門から出ることは、まず不可能。門番たちがしっかり睨みをきかせている。
塀を乗り越えようにも、父の結界が張ってある。
だから、ここしかないのだった。こっそり出られるのは。
でも、今日からは、ここは両親にばれてしまうだろう。どこから出て行ったのか、調べるに決まっている。
それも仕方ないと、あきらめている。
まあ、当主である父が知らないというのが、おかしな話なのだから。
夜明け前に、マダーが起こしに来て、フード付きの紺のローブを着せてくれた。制服ではないが、魔法学院でよく着ていたものだった。
それから、そっと足を忍ばせて、地下へ降りる。マダーが二つのカンテラに明かりを灯した。
地下は、食料の貯蔵やワインセラー、古物置き場になっている。
わたしたちは、カンテラで足元を照らしながら、埃の被ったそれらの間を抜けていく。
やがて突き当りの古壁の前に来た。足元に、わたしの胸ほどの高さの古い彫像が三体並べて置かれていた。
右端の乙女の彫像の後ろへ手を伸ばす。少し段差のある石壁が手に当った。そこをぐっと押した。
すると、微かな軋り音とともに彫像の後ろに入口が開いた。隠し通路だった。
隠し通路の入口で、わたしは見送りに来てくれたマダーを抱きしめた。
「ありがとう、マダー。また心配させるけど、ごめんなさい……」
マダーはそれまで気丈にしていた顔を崩して泣いた。
「私の大事なお嬢様……どうぞご無事で……神々のご加護がありますように……」
涙をエプロンで拭うと、笑顔を作って、わたしを送り出した。
「いってらっしゃいませ」
わたしは手を振って隠し通路の入口をくぐった。カンテラの灯かりをかざしながら。




