お祝いの会3
集まっていた五十人ほどの客たちの視線が、一斉にわたしに向けられた。
やはり、緊張する。
こういう華やかな場所はどうも落ち着かない。
拍手が起きた。わたしはマダーに言われるとおり、微笑みながら会釈をして歩いて行き、立っている両親のそばへ並ぶ。
父が挨拶の言葉を述べる。
「――いろいろありましたが、娘が無事に帰って参りました……」
父の言葉が終わると、母がわたしを紹介した後、お祝いの会の始まりを告げ、兄が乾杯の音頭をとった。
お祝いの会のパーティは和やかに始まった。
楽団も、広間から連なる奥の舞踏室に入っていた。今はまだ静かな音楽を流している。
鉱山を持って嫁に来た母のおかげで、裕福になった我がグリッダー男爵家は来客が多い。パーティも年に何度もある。そのためにしつらえた広間は、まだ数十人は入れる余裕があった。
立食形式で、部屋の隅やテラス側には座りたい者たちのために椅子が置かれている。
今日は親しい人々の集まりなので、こじんまりしたパーティになると母は言っていたが、あまりこじんまりとも、思えなかった。
やがてダンス曲が流れ始めると、それまでおしゃべりに興じていた客たちは、ぽつぽつ舞踏室へ移動した。踊り始めた人々を見て、次第にみんなその中に加わっていった。
客と話している母と一緒に立っていたわたしに、赤茶色の髪をした青年が声をかけてきた。
「踊っていただけますか?」
母は、ちらりと見て言う。
「いってらっしゃい」
わたしは彼の差し出した手をとって、踊りの中に加わった。
ダンスは嫌いではない。魔法学院に行くまでは、家でもよく兄を相手に踊っていた。
「もう知っておられますよね、僕が、クリム・カーマインだと」
踊りながら言う。
「ええ。肖像画を拝見しましたから」
肖像画のとおり、かなり美形で焦げ茶色の瞳は、自信に溢れている。たしかわたしより二つ歳上のはず。背はわたしの頭一つくらい高い。
「僕は、初めてですよ。あなたを見るのは。肖像画は、間に合わなかったということでした」
「まあ」
「だけど、可愛い方で良かった」
「そうでなかったら、どうされました?」
わたしは意地悪く聞いてみた。
「あはは」とクリムは笑ってごまかした。
話が途切れたので、わたしから話す。
「乗馬大会で優勝されたとか」
「おお、ご存じでしたか、そうです、馬術は僕が一番自信のある競技なんですよ」
「まあ――」
踊りながら彼は、これまでに、いくつもの賞をとったことを得意げに話した。
ときどき、つま先がぶつかった。
わたしはうなずいて聞いていた。
曲が終わったとき、金髪の青年が近づいてきて、挨拶した。
「アフィン・アンバーと申します。次は私と踊っていただけますか?」
そう言って手を差し出した。
クリムは、彼が辺境伯の子息だということを知っていたらしい。
黙ってわたしから離れて行った。
わたしは出されたアフィンの手に、揃えた指を置く。
彼はその手をとって、ダンスの中にわたしを引き込んだ。
「ダンス、お上手ですね」
「そうですか? そう言っていただければ、うれしいですね」
彼はにっこり笑った。
灰青色の瞳と金髪が、王子殿下を思い起こさせた。
どこかで王族の血が入っているのかもしれない。
彼は、わたしより三歳年上だったはず。
クリムよりも背が高い。
続けてもう一曲踊った。
とても滑らかにステップを踏み、リードもスムーズだった。
話をするよりダンスを楽しんだ。
曲が終わりかけたとき、彼は言った。
「座ってお話しませんか?」
わたしはうなずく。
テラスに近い位置にあるソファが空いていた。両側に小さなサイドテーブルが置いてある。
並んで腰を下ろすと、給仕が数種の飲み物を銀のトレイに載せて持ってきた。
彼はワインを、わたしは果実水を取った。
「無事にご帰宅された、お祝いを申し上げます」
乾杯の形で、グラスを軽く持ち上げたのに合わせ、同じように持ち上げる。
「ありがとうございます」
一口飲んで、サイドテーブルに置いた。
アフィンは、わたしを見つめながら言う。
「アンバー領をご存じですか?」
わたしは学院で学んだ地図を思い浮かべた。
「ええ。たしかオリエン国に近い位置でしたよね」
「そうです。またテルナンにも近いのです。王都のような華やかさはありませんが、美しい風景があります。豊かな葡萄畑が連なっていて、収穫期には、見事な葡萄が採れます。このワインも我が領からお届けしたものですよ」
「そうでしたか」
わたしは、彼を学院の先生みたいだなと思った。
「一度、見にいらっしゃいませんか? お嫌でなければ」
「見たいですね、でも行くのは少し考えさせていただけます?」
見てみたい気持は嘘ではないけれど、うっかり返事はできないわ。
これ以上関わるのは、相手に対して失礼になりそう。明日から旅に出るのだから。
アフィンは王子殿下にどこか似た笑顔でわたしを見る。
「お返事お待ちしていますね」
「あの……わたしは、もう魔力もなくなって、聖魔女候補から外されたのです。ご存じでした?」
「聞いています」
「アンバー様は、辺境伯であられますのに、なぜ、わたしのような下位の者を? もしかしたら、ここにお出でになったのは、他にわけがあるのでは、ありませんか?」
わたしは、ずばり聞いてみる。
彼は一瞬目を大きくしたが、すぐ穏やかに笑って言う。
「率直な質問ですね」
「お気に障ったらごめんなさい、でも本当のところを知っておきたいのです。経済的な問題ですか? それとも他の?」
真剣なわたしの目を見て、アフィンは大きく息をついた。
「わかりました、お話しましょう。我が領は、ワインが主力産業で、経済的には全く問題はありません。
ただ、さきほどもお話したように、隣国にはオリエン。テルナンも近い。問題は、オリエンです。今は特に表立って問題は起きていませんが、かつて領土で争った国でもあります。
国境に聖魔女様の結界は張られていますが、万が一と言うこともあります。今後の備えのためにも、グリッダー男爵家のお力添えがあれば安心できます……それが婚姻という形で強固になればと、思ったのです。お嫌ですか?」
「そうだったのですね……話してくださって、ありがとうございます。それなら、別に結婚しなくても、お役に立てると思います。アンバー様が正直にお話してくださったので、わたしも本当のことを申し上げますわ」
「え?」
彼は驚きの声をあげて、わたしを見つめた。




