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まったく、その気にならなくて  作者: あけの星
第二章 追っかけ弟子編

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お祝いの会 


 家に帰ってきた翌日、わたしは手紙を書いた。

 

 乳母に頼んで、ジンクに届くよう手配してもらった。

 この邸は王都にあるので、それほどかからず届くだろう。


 昨日までの窮屈なドレスは脱いで、今は楽な膝丈のチュニックドレスに着替えている。


 午後、結っていた髪を下ろして、三つ編みに編もうと鏡の前で髪と格闘していると、突然ドアが開いて母が入ってきた。


 母は、いつも突然に入ってくる。

 わたしが子どものときからの癖が抜けないらしい。


「ルーア」

 めずらしく愛称で呼んだ。

 

 こういうときは、何かあるときだ。   

 わたしはちょっと身構えた。


「あら、もう髪を下ろしてしまったのね。きれいに結ってあったのに。残念ね。後でまた侍女に結ってもらいなさいな」


「お母様、御用は?」


 母はサイドテーブルの横にあった椅子に腰を下ろした。


「せっかく帰ってきたのだから、お祝いの会を開こうと思うの」

「えーっ、わたし、聖魔女候補から、外れたのよ」

「そうよね、でもあなたが帰ってきてくれたことは、お祝いすべきだわ」

「だけど……」

「もう手配したのよ。明後日に。親しい方たちだけだから、心配ないわ」


 わたしは驚いて、母を見た。

 母はうれし気に一人でうなずいている。小脇には何か薄い本のようなものを抱えていた。

 わたしがそれに気づいたのを見て、椅子をわたしのそばへ引き寄せた。


「ほほ、素敵なお話がいくつかきているのよ。王都は狭いわね、昨日あなたが神殿に入るのを見かけた方がいらしてね、素敵なご令嬢ですねって。

 あなたが帰ってきたとき、わたしもお父様も、あなたの姿を見て驚いたわ。娘らしくなって。お父様は、あれは、ほんとうにルーアか、っておっしゃるくらい」


 そういえば、王子様にお会いしたときの格好のままだったわ。

 だけど、もう、お父様ったら、なんてこと言うのかしら。 


 ちょっぴり憤慨しながら聞いていた。


 母は、わたしの前にその薄い本を開いて見せた。

 そこには、青年の肖像画が描かれていた。二冊あった。

 つまり、お見合い肖像画だ。


「お母様、わたしは結婚なんてしたくないわ」

「何を言ってるの、いつまでもこの家にいるなんてやめてちょうだい。私もお父様も、早くあなたのお相手と孫を見たいのよ。あなたも、もう十八。決めるなら今よ。遅くなると、ろくなことはないわ」


「まって、お母様とお父様は大恋愛だったのでしょう? わたしもそうしたいの」

「そうだけど、私たちが出会ったのは、もっと若くて……初めての出会いは、九歳のときよ。それからずっとね。でも大反対されて……それを乗り越えて結婚したのはあなたの歳だったわ」

「だからって……わたしは、これからよ」


「お見合いも悪くないわ。そこから恋が芽生えることもあるし」

「ええっ、どうしてそれがわかるの?」

「私のお友だちがそうだったのよ。だからね、お祝い会にお呼びしてあるわ。

 一応、目を通しておいてね」


 母は肖像画本を置いて、部屋を出て行った。


 わたしは髪を編むのをあきらめて乳母を呼んだ。


 乳母のマダーは、紅茶のセットと焼き菓子を載せた木のワゴンを押して入ってきた。

「そろそろ、お茶のお時間ですよ」


 そうだった、わが家では午前と午後にお茶をしていたのだった。母が持ち込んだ習慣だったが、それが自然な習慣になっていた。


 マダーが淹れてくれた温かい紅茶を飲みながら、お祝い会のことをたずねてみた。


「お嬢様が聖魔女候補から外れたことは、残念なことでございますけれど、わたしは、ほっとしておりますよ。お嬢様には、お幸せになっていただきとうございますから。

 奥様もそう思われているのかもしれませんね。だからでございましょう、お相手をご紹介されるのは」


「でも、魔力はなくなったし、どういう方かもわからないのに?」


「だから、肖像画をご覧になって、お祝いの会でご本人とお会いして、確かめればよいのでございますよ。嫌なら、お断りすればよいだけのこと。

 それに魔力のないのを喜ばれる方もいるのですよ。王族の方は魔力が大きいですが、それ以外の貴族の方たちは、そんなに魔力はありませんから」


「だけど……」 


 わたしが口を濁していると、乳母が言った。

「さ、少し御髪(おぐし)を整えましょう」


 鏡の前に座らせて、ゆっくり髪を梳いてくれる。

 結い上げようとしたので、それはやめてもらった。


「今日は、どこへも行かないから、このままでいいわ」

「では、少しだけ艶を出しましょうね」

 マダーは香りのよいハーブのオイルを手に取って、髪にすり込んでいく。


「今朝の手紙は――?」

「はい、はい、大丈夫でございますよ。確かな方にお渡ししましたから」

「ありがとう」


「少し横になりたくなったわ」

「まだお疲れが取れていないのですね、無理はございません。お夕食前には、起こしにまいりますので。ゆっくりお休みなさいませ」


 乳母が下がった後、ベッドに横になり、目を閉じた。

 しかし、眠れそうにはなかった。


 昨日の今日のことだ。


 なんていろいろなことが重なって起きてくるのだろう。

 ため息をついた。


 ふと、ジンクのことが浮かんだ。


 手紙は届いたかしら?


 光でぼやけた顔の中の黒い目が、わたしを見た気がした。

 

 と、同時にベッドの足元の空気が、陽炎のゆらぎのごとく揺れた。

 はっと、それを凝視する。


 揺れがおさまったとき、そこには見慣れた男が立っていた。


「ジンク――」


 わたしは、あわてて身体を起こした。


 彼は、わたしのそばに音もなく歩いてくると、顔をのぞきこんだ。


「話とはなんだ?」


 手紙に一行、『話がある』と書いて送ったのだった。


 やっぱり来てくれた。


 うれしくなって、微笑み、ベッドから降りた。

 彼の前に立つと、淑女の礼をとる。


「ありがとう、おかげで聖魔女候補から外れました。でも、封印魔法はまだかかったままよ。黙ってかけたことは、悪いと思うでしょ?」


 ジンクは、何も言わずにわたしを見ていた。


「だからね、わたし、あなたの弟子になることに決めたわ」


 その言葉に、ジンクは大きく目を見開いた。

 それから、くっ、と声をもらして笑った。


 彼は大きな手でわたしの頭をクシャクシャと撫で、笑いをこらえた目で言った。


「なれるものならね。なれたら、そのときは封印を解いてやろう」

  

 わたしの顎を指でとらえて、光のある黒い目でじっと見た。


 わたしは目を閉じた。これ以上、封印魔法をかけられてはたまらない。


 彼は指をそっとはずした。


「おれは、旅に出る」

「え、どこへ行くの?」

「弟子になるなら、探してくるんだな」

「教えて。どこへ行くのか、方角だけでも!」


 ジンクはわたしに返事もせず、ふっと姿を消した。


 もう、なんなのぉ!


 わたしはジンクの消えた空間を見つめるしかなかった。




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