お祝いの会
家に帰ってきた翌日、わたしは手紙を書いた。
乳母に頼んで、ジンクに届くよう手配してもらった。
この邸は王都にあるので、それほどかからず届くだろう。
昨日までの窮屈なドレスは脱いで、今は楽な膝丈のチュニックドレスに着替えている。
午後、結っていた髪を下ろして、三つ編みに編もうと鏡の前で髪と格闘していると、突然ドアが開いて母が入ってきた。
母は、いつも突然に入ってくる。
わたしが子どものときからの癖が抜けないらしい。
「ルーア」
めずらしく愛称で呼んだ。
こういうときは、何かあるときだ。
わたしはちょっと身構えた。
「あら、もう髪を下ろしてしまったのね。きれいに結ってあったのに。残念ね。後でまた侍女に結ってもらいなさいな」
「お母様、御用は?」
母はサイドテーブルの横にあった椅子に腰を下ろした。
「せっかく帰ってきたのだから、お祝いの会を開こうと思うの」
「えーっ、わたし、聖魔女候補から、外れたのよ」
「そうよね、でもあなたが帰ってきてくれたことは、お祝いすべきだわ」
「だけど……」
「もう手配したのよ。明後日に。親しい方たちだけだから、心配ないわ」
わたしは驚いて、母を見た。
母はうれし気に一人でうなずいている。小脇には何か薄い本のようなものを抱えていた。
わたしがそれに気づいたのを見て、椅子をわたしのそばへ引き寄せた。
「ほほ、素敵なお話がいくつかきているのよ。王都は狭いわね、昨日あなたが神殿に入るのを見かけた方がいらしてね、素敵なご令嬢ですねって。
あなたが帰ってきたとき、わたしもお父様も、あなたの姿を見て驚いたわ。娘らしくなって。お父様は、あれは、ほんとうにルーアか、っておっしゃるくらい」
そういえば、王子様にお会いしたときの格好のままだったわ。
だけど、もう、お父様ったら、なんてこと言うのかしら。
ちょっぴり憤慨しながら聞いていた。
母は、わたしの前にその薄い本を開いて見せた。
そこには、青年の肖像画が描かれていた。二冊あった。
つまり、お見合い肖像画だ。
「お母様、わたしは結婚なんてしたくないわ」
「何を言ってるの、いつまでもこの家にいるなんてやめてちょうだい。私もお父様も、早くあなたのお相手と孫を見たいのよ。あなたも、もう十八。決めるなら今よ。遅くなると、ろくなことはないわ」
「まって、お母様とお父様は大恋愛だったのでしょう? わたしもそうしたいの」
「そうだけど、私たちが出会ったのは、もっと若くて……初めての出会いは、九歳のときよ。それからずっとね。でも大反対されて……それを乗り越えて結婚したのはあなたの歳だったわ」
「だからって……わたしは、これからよ」
「お見合いも悪くないわ。そこから恋が芽生えることもあるし」
「ええっ、どうしてそれがわかるの?」
「私のお友だちがそうだったのよ。だからね、お祝い会にお呼びしてあるわ。
一応、目を通しておいてね」
母は肖像画本を置いて、部屋を出て行った。
わたしは髪を編むのをあきらめて乳母を呼んだ。
乳母のマダーは、紅茶のセットと焼き菓子を載せた木のワゴンを押して入ってきた。
「そろそろ、お茶のお時間ですよ」
そうだった、わが家では午前と午後にお茶をしていたのだった。母が持ち込んだ習慣だったが、それが自然な習慣になっていた。
マダーが淹れてくれた温かい紅茶を飲みながら、お祝い会のことをたずねてみた。
「お嬢様が聖魔女候補から外れたことは、残念なことでございますけれど、わたしは、ほっとしておりますよ。お嬢様には、お幸せになっていただきとうございますから。
奥様もそう思われているのかもしれませんね。だからでございましょう、お相手をご紹介されるのは」
「でも、魔力はなくなったし、どういう方かもわからないのに?」
「だから、肖像画をご覧になって、お祝いの会でご本人とお会いして、確かめればよいのでございますよ。嫌なら、お断りすればよいだけのこと。
それに魔力のないのを喜ばれる方もいるのですよ。王族の方は魔力が大きいですが、それ以外の貴族の方たちは、そんなに魔力はありませんから」
「だけど……」
わたしが口を濁していると、乳母が言った。
「さ、少し御髪を整えましょう」
鏡の前に座らせて、ゆっくり髪を梳いてくれる。
結い上げようとしたので、それはやめてもらった。
「今日は、どこへも行かないから、このままでいいわ」
「では、少しだけ艶を出しましょうね」
マダーは香りのよいハーブのオイルを手に取って、髪にすり込んでいく。
「今朝の手紙は――?」
「はい、はい、大丈夫でございますよ。確かな方にお渡ししましたから」
「ありがとう」
「少し横になりたくなったわ」
「まだお疲れが取れていないのですね、無理はございません。お夕食前には、起こしにまいりますので。ゆっくりお休みなさいませ」
乳母が下がった後、ベッドに横になり、目を閉じた。
しかし、眠れそうにはなかった。
昨日の今日のことだ。
なんていろいろなことが重なって起きてくるのだろう。
ため息をついた。
ふと、ジンクのことが浮かんだ。
手紙は届いたかしら?
光でぼやけた顔の中の黒い目が、わたしを見た気がした。
と、同時にベッドの足元の空気が、陽炎のゆらぎのごとく揺れた。
はっと、それを凝視する。
揺れがおさまったとき、そこには見慣れた男が立っていた。
「ジンク――」
わたしは、あわてて身体を起こした。
彼は、わたしのそばに音もなく歩いてくると、顔をのぞきこんだ。
「話とはなんだ?」
手紙に一行、『話がある』と書いて送ったのだった。
やっぱり来てくれた。
うれしくなって、微笑み、ベッドから降りた。
彼の前に立つと、淑女の礼をとる。
「ありがとう、おかげで聖魔女候補から外れました。でも、封印魔法はまだかかったままよ。黙ってかけたことは、悪いと思うでしょ?」
ジンクは、何も言わずにわたしを見ていた。
「だからね、わたし、あなたの弟子になることに決めたわ」
その言葉に、ジンクは大きく目を見開いた。
それから、くっ、と声をもらして笑った。
彼は大きな手でわたしの頭をクシャクシャと撫で、笑いをこらえた目で言った。
「なれるものならね。なれたら、そのときは封印を解いてやろう」
わたしの顎を指でとらえて、光のある黒い目でじっと見た。
わたしは目を閉じた。これ以上、封印魔法をかけられてはたまらない。
彼は指をそっとはずした。
「おれは、旅に出る」
「え、どこへ行くの?」
「弟子になるなら、探してくるんだな」
「教えて。どこへ行くのか、方角だけでも!」
ジンクはわたしに返事もせず、ふっと姿を消した。
もう、なんなのぉ!
わたしはジンクの消えた空間を見つめるしかなかった。




