封印の効果4
「これをまだ持っていたとはな――」
おじさんは、わたしを抱き寄せたまま、短剣を取り出して見せた。
さっき木に投げた短剣だ。抜かずにそのままにして逃げたのだった。
おじさんにもらった短剣だ。
手にしていた短剣をふっと消した。
すごい、何この魔法は?
「今のは?」
「瞬間移動魔法だ」
「物にもできるのね」
「ああ。人よりも簡単だ」
それから彼はわたしの顔を見下ろして、たずねた。
「――王子と結婚したくないのか?」
「え――あたりまえでしょ!」
「なぜだ? 多くの令嬢は憧れると聞く。王子妃になれるのだぞ」
「なりたくない。好きでもない人となんて嫌だわ。わたしは両親のように大恋愛がしたいの」
「……」
「他の家は許さなくても、うちは認めてくれるはずよ」
「なりたくない理由はそれだけか?」
わたしは、ちょっと考えた。
それだけじゃない……
王子と結婚するということは、聖魔女になるということ。無理だ……それに、押し付けらたり、だまされてなるなんて、なおさらだ。
ふと、神官長の顔が浮かんだ。
「わたしはアルスタル伯父様の言いなりになんか、なりたくないの」
「そうか……」
おじさんは、わたしの顔をまじまじと見て――まるで今、何かに気がついたという顔で――言葉を続けた。わたしを抱える腕に力が入った。
「それなら、魔力がなくなったと言えばいい。現に使えないだろう?」
「そ、そうだけど……」
「これから、王子に会わせる。今度は逃げずに話をしなさい」
わたしは驚きながら、おじさんを見上げてうなずいた。
*
大きな鏡には、わたしでないわたしが映っていた。
久しぶりに結い上げた黒髪が、空色の目をくっきりと引き立てている。
これまで、ほとんど化粧はしたことがなかったけれど、メイドの化粧の腕は確かだった。これが自分なのかと見とれるほどの仕上がりになっている。
瞳に合わせた空色のドレスは、少しきつい。でも令嬢らしくは見える。王子殿下に会うための礼儀と思い、我慢することにした。
おじさんは、わたしの姿を見てちょっと目を細めた。
わたしの手をとって、客間へ連れて行く。
それでわたしはまた驚いた。
おじさんに、そんなことができるなんて! ちゃんとしたエスコートだわ。
客間に入ると、窓際に立っていた金髪の青年が、こちらを振り向いた。
わたしを見ると、ブルーグレイの目を一瞬大きくしたが、すぐ笑顔になった。
わたしは、おじさんに促されて、淑女の礼をとった。
「初にお目にかかります、ルナーリアでございます」
「テールベルトだ。楽にしてくれと言いたいところだが、無理だろう。せめて、こちらでお茶でもいかがかな?」
王子は、部屋のテラスへ足を向けた。
おじさんにまた促されて、わたしひとりでその後を追って行く。
テラスには、小さめのテーブルにお茶の用意がしてあった。
そのそばにメイドが立っている。
わたしたちが席に着くと紅茶を淹れ、下がって行った。
お茶を薦められて、ひと口飲んだとき、王子が言った。
「あなたが、こんなに可愛らしい人だとは、思わなかった」
わたしは真っすぐ彼を見た。
「それは、化粧のせいですわ」
久しぶりに使う令嬢言葉だった。
王子は、眉を上げて笑った。
「ならば、化粧のない顔を拝見したいものだね」
「お見苦しくて、おみせできませんわ」
かなりきわどいことを言われたような気もしたけれど、澄ました顔で言う。
すると、また王子はくすっと笑った。
「あなたの噂は聞いていますよ。確かにはっきりした方ですね」
「申し訳ございません、つい……社交には慣れていないので」
素直に謝る。
王子は立ち上がってテラスの柵のそばへ行き、声をかけた。
「夕日が美しくなってきましたよ。来てごらんなさい」
彼のそばへ行く。
いつの間にか夕暮れが始まっていた。たなびく雲は茜色に染まって美しい。
「なぜ、逃げたのですか? もしかして私のことが嫌だったからとか?」
空を見上げたまま、静かな声でたずねた。
「――殿下のことが嫌いということではありません。お目にかかったことすら、ありませんでしたもの。ただ、まわりの者たちの言いなりになるのが嫌だったので……それに、もう聖魔女の資格はありません。わたしは魔法が使えなくなってしまいました」
「――っ、それは、どういうことだ?」
「山に隠れているとき、魔物に魔力を吸い取られ、封印されてしまったのです」
「そんなことが……」
「ええ、もしお疑いなら、魔力の強い方にわたしの魔力があるかどうか、見ていただいてもかまいません」
「わかった、確認しよう」
王子は指を鳴らした。
側仕えの魔法騎士がすぐに現れて、膝をついた。
王子はルナーリアの魔力を感じるかとたずねた。
魔法騎士は、わたしをじっと見ていたが、首を振った。
「では、ジンクを呼べ」
魔法騎士は、部屋へ入って行った。
すぐにおじさんが現れた。
おじさんって、ジンクって名前だったのね! 初めて知ったわ。
またまた驚きの眼差しでおじさんを見た。
王子は魔力を確認するよう命じる。
ジンクは、平静な目でわたしをじっと見つめた。
「令嬢のおっしゃるとおりかと。魔力は見えませんし、感じ取れません」
「なんと、そなたまで言うのなら、ほんとうであろうな。無駄足だったわけだ」
「一度プレシアへ連れて帰り、神官長に確認していただいては?」
「そうしよう」
王子は動揺と、いらだちを滲ませていたが、わたしに向かって声をかけた。
王族としての礼儀は残っていたらしい。
「残念ではあったが、会えてよかった」
そう言い残して部屋へ入って行く。
ジンクは可笑しそうな目でわたしを見ると、王子の後を追った。
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