ルレッド伯爵の回想
書斎で書類に目を通していると、家令のフタロブが、めずらしく動揺した声で私を呼んだ。
「どうした、入りなさい」
初老の家令は冷静な男で、普段はめったに声をうわずらせたりしない。それがいきなり、つまり気味に言った。
「っ――旦那様! あ、あれが、ルナーリアが消えましたっ……」
「どういうことだね、フタロブ」
私はおそらく怪訝な顔をしていたのだろう、それを見た彼は、大きく息を吐いた。
「これをごらんください」
家令は、手のひらほどの紙を二枚差し出した。手漉きの紙らしい。このあたりのものではないことが一目でわかった。黙って受け取る。
そこには、一行『伯爵、感謝いたします。お元気で』と書いてあった。
もう一枚を見ると、やはり一行で『みなさん、ありがとう、消えます』と書いてある。
「どういうことだね」
私は家令に問う。
「実は、さきほど、ライゼル様がルナーリアに求婚されたとか。
それに驚いたのか、ルナーリアは逃げ出して、洗濯場にいたそうなのですが、洗濯女の一人が声をかけたら、恐ろしい勢いで走って行ってしまったと。
そのとき、あれの身体が黄色い光を帯びていたそうでございます。
手分けして探したのですが、メイド室のベッドの上に、これが残されていて、姿はどこにも見当たりませんでした」
家令はさらに大きく息を吐いた。
「奇妙なことだね。どこにもいないのか? 屋敷中確認したのか?」
「はい。ですが、だれもルナーリアの姿を見ておりません。門を守る衛兵も、庭師も、口をそろえて誰も出て行かなかったと申しております。まるで、忽然と姿を消したとしか・・・」
「うむ……」
私はうなった。ルナーリアが消えたこともそうだが、もっと驚いたのはライゼルがルナーリアに求婚した、ということだった。なぜだ? これは、やつを問いただすしかないか――
ルナーリアについては、もしかしたら、いつかいなくなるのでは、という予感はしていた。彼女を助けたとき以来、普通の娘ではないと思っていたのだ。
それに、彼女の身につけていた装束は、この国のもではない。あれは、隣国の一つ向こうの国、プレシアのもののように見えた。
私は若いころ、プレシアから来たという留学生に会ったことがある。そのとき、少し違うが、彼も長いチュニックを着ていた。それには革の装飾がついていたのを覚えている。
ルナーリアは記憶をなくしてはいたが、黒髪に青い瞳の少女は、どこか神殿に仕える巫女の雰囲気があった。まったく淑やかではないし、勝気そうな言動なのだが、そのなかに、ときおりちらりと垣間見えるのだ。
ただそれは、私の魔力が見せているのかもしれなかった。彼女からは、魔力を感じなかった。
この国でも、魔力を持つものはある程度いるが、プレシアほど多くはない。かの国は魔法が主体の王国と聞いていた。
しかし、まあ、これも神の思し召しと思い、この屋敷にいることを許した。
名前は、装飾の革に彫り込まれていた名を、彼女の名としたのだった。
かつての留学生も、自分の名を装飾の革に彫り込んでいたのを思い出したからだ。
「もう少し屋敷内を探しなさい。ああ、それからライゼルを呼んでくれ」
そう言うと私は書類に目を落とした。




