閉じ込められちゃった
わたしは、コートを脱いで、水を一口飲んだ。
たしかに暖炉の温かさは暑いほどだった。
暖炉にかけられていた鍋から湯気が立ち、良い匂いもしてきた。
そっと鍋のふたを開けると、野菜と肉のスープがコトコト煮えている。
もう少し煮込めば、安心して食べられそうに見えた。
わたしは、戸棚以外、何もない調理場をちらりと見てから、その横にある衝立をのぞきこんだ。
衝立の奥には、一人用の木のベッドが置いてある。
わたしは、ベッドに腰を掛けて、マットの堅さを確かめる。
大丈夫そう。
わたしはベッドに横になる。
少しだけ身体を伸ばしたかった。
「はあっ」と自分でも驚くほど大きなため息が出た。
まさか、あのときの山師のおじさんに出会うとは思わなかった。
わたしにとって、おじさんはある意味、師匠的存在で、今日まで生きてきたわたしの指針みたいなところがあったのだ。
それなのに、この再会はなに? わたしを『つかまえた』と言ってたわね。
やはり、追っ手の一人になっちゃったのかしら?
会えたうれしさと懐かしさより、不可解な思いが残る。
決して嫌な感じではないけれど……何を隠しているのだろう。
誰に会わせようとしているのかしら?
スープが煮詰まってきた匂いがしてきた。
わたしはベッドから降りて、暖炉のそばへ行き鍋を下ろした。
それから、ソファに掛けていたコートを取り上げ、小屋の扉を押し開けた。
意外に簡単に開いたので、鍵をかけられたわけではないと、ほっとした。
外は、すっかり暗くなって、星空の間に白っぽい半月が見えた。
それでアジューを思い出した。ここなら、アジューを呼べるかもしれない。
わたしは少し小屋から離れてアジューを呼んだ。
しかし、わたしの声は届かず、声の波動は周囲に降り注いだ。
何かに阻まれている!
おそらく、おじさんが張った結界だろう。
わたしは、どこまでその結界がかかっているのか確かめるために、小屋から離れて歩いてみることにした。
入口から二十歩ほどのところで、分厚い空気の壁にぶつかった。
小屋の周りは結界で覆われているらしい。
押しても叩いてもびくともしない。
わたしは魔力を使うことを決めた。
こうなれば、もう見つかってもいいわ! アジューを呼んで逃げよう。
火の魔法で空気の壁を焼き払うつもりで、魔法陣を描こうとしたが、描けない。
なぜ!?
わたしは、はっとした。
あのとき――おじさんはわたしの頬を挟んでわたしの目を見つめていた……
あれは、わたしに封印魔法をかけていたんだわ。魔力を発動できないように!
なんてこと! 不覚だった――
今となってはもう遅い。わたしは悔しくて、思いっ切り叫んだ。
「ナナシのバカー! バカッタレー! 」
もう令嬢のたしなみどころじゃなかった。
もし母がこんなところを見たら、卒倒していたかも。
わたしは腹立ちが収まらないまま小屋に戻り、ソファに座って、残していた水を一口飲んだ。
少し気持ちが落ち着いてきた気がする。
仕方ない。おじさんが帰ってきてから、逃げるチャンスを待つしかない。そう決めると、調理場へ行った。
まずは、腹ごしらえね。
調理場の上の方に、明り取りの小さな窓があった。その下が調理用の台。その隣の戸棚を開けると、どう使うのかわからない食材がぎっしり入っていた。
食器類が入っている戸棚を探し、木の器とスプーンを取り出してきた。
暖炉の前に下ろしていた鍋からスープを取り分ける。スープというより野菜と肉の煮込みと言ったほうがよかった。
それをソファで食べた。
空腹だったせいか、意外に美味しい。
でもまだ、すっかり怒りはおさまったわけではなかった。
おじさんが、帰ってきた後、どうやって逃げようかと考えることで、いくらかましな気分になった。
ふと、銀ばら亭のおかみさんにもらった袋を思い出した。
餞別と言ってたけど、何を入れてくれたのかしら。
収納バッグから袋を取り出して開ける。中には銀貨二十一枚と、携帯用の銀の櫛と手鏡が入っていた。
そっか、銀貨一枚は今日の給料で、残りが餞別なのね。
わたしは、心の中でおかみさんに感謝した。これだけあれば、しばらくは何とかなりそうだった。銀貨を収納バッグにしまうと、銀の櫛と手鏡をじっくり見た。その両方に細かな薔薇の模様が彫りこまれていた。
おかみさんは、どこにいても身ぎれいにしていなさいって、言ってたっけ。
その言葉を思い出して、三つ編みにしてもらっていた髪をほどき、手鏡を見ながら髪を梳いた。櫛通りが良くなってきた髪は、艶も出てきた。ふわりと後ろに流す。
髪を梳いたせいか、すっきりした感じ。
わたしはカップに残っていた水を飲み干した。
これからのことは、明日考えよう。
今日はいろいろなことがあり過ぎたわ……
疲れがどっと出てきた気がした――




