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まったく、その気にならなくて  作者: あけの星
第一章

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23/47

あなたは誰?

  

「ルリ、よかった、心配してたんだよ」


 わたしが銀ばら亭に入ってきたのを見て、おかみさんが駆け寄ってきた。


「また、煙が出たと聞いたので、どうしているのか、気が気じゃなくてね」

 わたしの顔を見て、ほっとしたのか大きく息を吐いた。


「通りの古着屋で、避難させてもらってました」

 わたしは小麦粉を渡しながら言った。

「でも、ひどい煙ですね。いつもあんなに煙が?」


「ああ、とくに町の入口周辺は、風の向きで精錬所の煙が流れてくるのさ。ここは場所がいいのか、そこまでひどくないんだ。でもまあ、よかった。今お茶を淹れるところだから、飲んで少し休むといい」


 おかみさんは、帳場の奥のテーブルの方へわたしを押して、椅子に座らせた。

それから銀のポットから、お揃いの小さなカップに紅茶を注いだ。


 わたしは、粉屋から聞いた話を伝えると、おかみさんはすでに知っていたらしかった。


「聞いたよ、さっき到着した客が話してた。検問やってるんだろ。それじゃあ、仕方ないねえ」

 そう言った後、おかみさんはじっとわたしを見つめた。

 何か言いたげで、迷っているらしかった。


 やがて、思い切った声で言った。

「あんた、あたしに話してないことがあるんじゃないかい?」


 おかみさんは紅茶を一口飲んで、わたしを見る。


 その様子に、わたしは観念した。ばれたみたい。

「ごめんなさい、話してないことがあります」


「やっぱり……逃げて来たんだね。この町じゃあ、だれも過去のことは問わない。でもね、お役人に関わるようなことになるやつは、黙っているわけにはいかないのさ。何をしたんだい?」


 わたしは、追われるようになったいきさつを簡単に話した。


「プレシアの? 聖魔女? よくは知らないけどさ、国の守り手だろ? なるのが嫌で逃げ出したのかい、そりゃまた……」

 おかみさんは絶句した。


「ほんとうの名は?」

「ルナーリア」

「そうか、手配書に乗っていた名前だね」


「手配書まで⁉ ああ、大変! もう、ここにいると、ご迷惑をおかけすることになります。ごめんなさい! お仕事を辞めさせてください。すぐにここを立ちま――」

「あたしが、お役人に通報しないと思ってるのかい?」

 おかみさんは、わたしの言葉をさえぎった。


「はい」

 わたしは、きっぱりといった。


「はは、かなわないね、あんたには。最初からそのことを話して欲しかったよ。まあいいさ、乗りかかった舟だ。逃がしてやるよ」

 おかみさんは立ち上がった。


「さ、早く支度してきな。ここの裏向こうに川があるのさ。町はずれまで続いている。この川なら検問には出くわさないはずだよ。舟は漕げるかい?」


「頑張って漕ぎます!」

 

 わたしは急いで自分の部屋に戻った。


 買ってきた古着に着替える。意外なことに人の着た形跡が感じられなかった。服にはそれに合わせた頭巾がついていた。

 頭布も被って、わずかな荷物を収納バッグに入れる。


 わたしが帳場に入って行くと、おかみさんは、わたしの姿を見て言った。

「悪くはないけど、やはりこれを着ていきな」

 フードの付いた黒っぽいコートをわたしに着せかけた。

 用意していてくれたらしい。


「これから日が暮れる。夕闇に紛れてお行き。それに冷えるからね。川は裏口から出れば、すぐ見えるよ。舟もね。


 浅い川だから棹で押しながら漕ぐんだよ。まあ、下りだから、流れにまかせていれば、それほど苦じゃないさ


 それと、降りるのは、本流と交差する手前。右側の川岸の水面に、枝が垂れている大きな木がある。そのそばに舟着き場があるからね。見逃すんじゃないよ。舟はそこに置いておけばいい」


 わたしは、うなずいた。

「なんてお礼を言っていいか――」


 おかみさんはわたしを抱きしめて言った。

「気をつけてお行き。なんだか、あんたが、子どものころ行方不明になった末の妹みたいな気がしてさ……妹は、ルリイって言うんだ。あんたの名を聞いたとき、ちょっと驚いた。短い間だったけど、楽しかったよ」                     

 意外な告白と温かな思いを感じて、わたしもおかみさんを抱きしめた。

「ありがとう、おかみさん……」

 

 おかみさんは、わたしを離すと、思い出したようにエプロンのポケットから、布の袋を取り出した。


「今日の給料と、少しだけど餞別を入れておいたから。それと櫛もね。どこにいても身ぎれいにしておきなよ」


「はい!」

 

 そうして、わたしはおかみさんに別れを告げたのだった。



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