不穏な煙2
「お姉ちゃん――」
わたしは足を止め、振り返った。
そこには五、六歳だろうか、やせた小さな少女がいた。
「服、買ってって――安くしとくから」
いっぱしの大人のような言い方だった。
わたしは、断ろうかと思ったが、あまりに女の子の顔が真剣なので、引っ張られるままに店に入った。
店といっても、行商人がよく使う簡単なテントが張られただけの出店だった。
そこには、古着が木箱の上に並べられ、少し値が張りそうなものは奥の木枠にかけられていた。
わたしは少女が店の中を向いている間に、小麦粉の袋を収納バッグに入れた。
それから木箱の上の古着をより分けて、着られそうな服はないかと探した。
もうプレシアから持って来た服は着られない。ちょうどよかったかも。
手に取って見る。どれもいまいちだがやむを得ない。
どれか一つは買って帰ろう。
木箱の上には、それでも思うようなものはなかった。
顔を上げたとき、奥にかかっている薄茶の袖付きチュニックワンピースが目に入った。薄茶色なら、あまり目立たない。これならいいかもしれない。
手に取って丈を合わせたとき、テントの隅にうずくまっている女性がいるのに気がついた。
女性もこちらに気づいて、軽く頭を下げたが動かず、うずくまったままだった。
どこか悪いのかしら?
「これはいくら?」
少女に尋ねる。
「銀貨五枚。安くしたから買ってね」
この金額が高いのか安いのか、よくわからなかったが、わたしは内ポケットから銀貨を取り出して(もちろん収納バッグからよ)渡した。
「まいど」
少女がうれしそうに銀貨を受け取ったとき、通りから大声で叫ぶ者がいた。
「煙が来たぞー」
一斉に人が散り始める。
少女が急いで店の入口に巻き上げていたテントの幕を下ろした。
「お姉ちゃん、早く、こっち」
わたしの手を引っ張って店の奥、女性がうずくまっているそばまで連れて行き、しゃがみこんだ。
「ここにいた方がいいよ。煙が通り過ぎるまで」
少女が言い終わる前に、強烈な硫黄の臭い、それに硬質な嫌な臭いが混ざった煙がテントの隙間から入り込んできた。
普段から町に漂う臭いだが、それが数十倍、いや、それ以上だ。
「なんなの、これ」
わたしも少女のそばでうずくまる。
鼻と口を手で覆った。
銀ばら亭では、こういう避難は、今のところ、したことがなかった。
あそこは、山の手だから、あまり煙が届かないのかしら。
しばらくじっとしていると、臭いが少し軽くなった感じがした。
「精錬所の煙。ときどき、風でこちらにくるの」
少女はまだ手を鼻に当てたまま言った。
「母さんが具合悪くなったの、たぶん煙」
「そうだったの。大変だったね。それで、あなたが店番を?」
少女は、こくんとうなずいた。
「えらいね」
わたしは、思わず、少女の背をなでた。
「名前は? わたしはルリよ」
少女は茶色の大きな瞳を潤ませたまま答えた。
「シェンナ」
「そう、可愛い名前ね」
シェンナは、少し微笑んだ。
「母さん、大丈夫? 煙止んだよ」
そばにうずくまっている女性に声をかけた。
「ルリお姉ちゃんが、買ってくれたの」
「そう、よかったね」
わたしも声をかけた
「具合が悪いのですか? お医者様に見てもらったほうが……」
母親は、力なく首を振った。
「診てもらうほどじゃありませんから」
「お金ないもんね」
シェンナがぽろっと言った。
「あ、これ、子どもの言うことですから……」
少し困ったような、あきらめの顔で言った。
ああ、魔力を使えたら……わたしは、一瞬そう思った。
だけど、今使うわけにはいかない。治癒魔法には、かなり強い魔力が必要だった。
なら、どうしたら……
わたしは頭の中で、持ち合わせの銀貨を数えてみた。
銀ばら亭でもらった日給の銀貨が残り四枚。ルレット伯爵邸にいた二年間で、給料は出なかったけど、何かしらの行事のときには、お小遣いをもらえた。それが銀貨三十枚ほどたまっている。
わたしは、ポケットを探るふりをして、収納バッグから銀貨三十枚入った袋を取り出した。
「これで、お医者様にみてもらいなさい」
シェンナに袋を渡す。
「ありがとう!お姉ちゃん!」
素直に目を輝かせて声を上げた。
母親が何か言ったが、わたしはシェンナに手を振ると、急いで入口のテントをまくり上げて、店を後にした。
まだ外は、煙の強い臭いは残っていたが、風向きが変わったのか煙は消えていた。
わたしは人の見えないところで、買った古着を収納バッグに入れ、小麦粉を取り出した。
そして銀ばら亭へ戻った。




