不穏な煙
銀ばら亭に来てから、町に出るのは初めてだった。
なので右も左もわからない。
まあ、なんとかなるわ。
銀ばら亭は町の北側にあるので、南が町の入口のはずだ。
町の西向こうには、煙を吐いた精錬所の煙突がいくつも見えた。
わたしは、感を頼りに、南へと足を進める。
人通りが多くなってくる。
すぐに、繁華街に入った。まだ昼前というのに、人々のざわめきが響いている。
たしかこの先が、町の入口に続いているはずだ。
ターフ爺さんに連れられてきた道を思い起こしながら歩く。
さらに人が増えた。
町の中に乗り入れた馬車が行き交っている。
町の門が見えてきたとき、行き交う人々の中に、プレシアの装束を着た男がいるのに気がついた。
あれは、たしかにプレシアの――
遠目だが、襟元から裾にかけて革の装飾がついたチュニックは、見間違えようがなかった。
まさか、追っ手?
いやそうとばかりは限らないわね。商用で訪れる人や旅行者もいるはずだし。
でも――わたしは、気を引き締めた。
魔力が身体から洩れていないか、改めて確認する。
まあ、大丈夫そう。
神官長クラスの人でないと気づかないわ。
それに、プレシアのチュニックを着ていなくてよかった。
スタッフ用の衣服であったことにほっとする。
プレシアの衣服を着た男は人混みに紛れて見えなくなった。
わたしは、急ぎ足で、町の入口近くにあるという粉屋を探した。
すると、人混みの向こうに麦と豆の絵が描かれた看板を見つけた。
おそらく粉屋だろう。
ようやく見つけた粉屋の店の前には、数人の男女がたむろしているのが見えた。
何だろうと思いながら、店をのぞくと、一人の若い女性が、店員を問い詰めている。
「じゃあ、うちの豆はいつ頃届くのよ⁈ 困るのよね、はっきりしないと!」
初老の女店員は恐縮しながら、頭を下げていた。
わたしは、それを見ながら店に入り、銀ばら亭の使いだと告げた。
すると、店の主人らしい男が顔をのぞかせて、手招きした。
わたしは、彼のそばへ近寄る。
「新人さんかい? まあ、おまえさんがここへ寄こされた理由はわかってるんだが……」
「はい。小麦粉がまだ届かないので、理由を聞いて来いと言われました。それと、明日の分だけでも先にと」
「うちも困ってるんだよ、この町へ入る手前の街道で、検問がはじまったのさ。だから荷を積んだ馬車が足止めを食らってるんだ。
昨日からまだ動けていない馬車もあってね、大変なんだ。炭だけは優先的に通してくれるみたいなんだが、うちの小麦を積んだ馬車も動けずにいるんだ。
村境でも検問があるらしい。しかも、今年は小麦の出荷が遅れているんだ。まいったよ。店の主人は肩を落としながら話した。
「そうだったのですね、でも、何の検問なんでしょう?」
「なんでも、逃亡者を探しているとか。迷惑なことだ」
それを聞いて、わたしは、どきっとした。まさか、追っ手?
わたしのことを探しているのかもしれない。
そう思うと冷汗が出た。
「おい、大丈夫かい、顔色が悪いぞ。そんなに困ってるのか……仕方ない、ちょっと待ちな」
店主は店の奥へ引っ込むと、しばらくして一抱えの袋を持って来た。
「少し残っていた小麦粉だ。明日の分ぐらいはあるだろうよ。持って行きな。残りは荷が無事着いたら届けるから、おかみさんにそう言っておいてくれ」
わたしが礼を言って、代金の袋を渡そうとすると、受け取らなかった。
「いや、いいんだ、困らせた迷惑料さ」
店主は早く行けというふうに手を振った。
わたしは店を出ると、小麦の袋を抱えて、足早に銀ばら亭へ向かって歩き出した。
移動魔法を使いたい気持ちだが、今は魔法は使うわけにはいかなかった。すぐ居場所を特定されてしまうだろう。
今走って戻るのもまずい。目立つことは極力避けなければ。
そのとき、エプロンの端を誰かが引っ張った。




