銀ばら亭
石塀に囲まれたその宿は、入口に大きく『銀ばら亭』と書かれた看板がアーチの門の上にかけられていた。
白っぽい石で積み上げられた門には扉はなく、門をくぐると建物の前庭だった。
そこには大小いくつものテーブルと椅子が置かれ、テラス席になっている。
テラスに埋め込まれた石の道をたどると、宿の入口があった。
頑丈そうな分厚い木の扉は手前に開かれている。
ターフ爺さんは、扉についている銀メッキされた薔薇のノッカーを鳴らし、宿の奥に向かって、声を張り上げた。
「おかみさーん、炭を届けにきたぞーい」
すると、奥の方から女の声がした。
「ちょっと待っとくれ、いま行くよ」
中から現れたのは、小柄で太った中年の女性だった。両サイドから編み込んだ銀髪を、後ろでまとめて結っている。
「炭はそこへ置いとくれ。また頼んだよ」
そう言いながらターフ爺さんに代金の入った小さな皮袋を渡した。
「おや、新入りかい?」
おかみさんは、わたしの方を見た。
「いんや、宿を探しているというから、おまえさんところに連れてきてやったんじゃ」
「そうかい、じゃあ、あんたはこちらへついといで」
おかみさんは、わたしに向かって顎で建物の奥を示すと、中へ戻ろうと後ろを向いた。
そのとき、ターフ爺さんが、わたしの耳元で言った。
「銀ばらというより、タヌキばらだけどな、気のいいやつだから、心配せんえでええぞ」
わたしが思わず笑いかけたとき、おかみさんの声がした。
「聞こえてるよ! もう、よけいなこと言わずに、さっさと帰りな」
「おっと、退散、退散。じゃあ、またな」
ターフ爺さんは、よろよろしながら炭の籠を背負うと、笑いながら去って行った。
「まったく、よけいなことを言う爺だよ」
ひとり言のようにつぶやいた。本気で怒っていはいない。どこか愛情のこもった声だった。
わたしは笑いをかみ殺しておかみさんの後をついて行った。
少し行くと、客の受付をする帳場があった。
おかみさんは奥へ回り、宿帳をカウンターに出して、名前を書くように言った。
「それで、どのくらい泊まる予定だい?」
「仕事が見つかるまで。それと、住むところが見つかるまでかな」
わたしが言うと、おかみさんはあまり驚きもせずうなずいた。
「それなら、鉱山ギルドへ行ってみるといいよ。銀山の仕事はいくらでもある。選ばなきゃあ、だけどね。仕事を求めてくるやつは多いんだ。あ、でも、あんた計算はできるかい?」
「一応できますけど」
「なら、どうかしらね、今、うちの倉庫係が病気で休んでるのさ。
だから、毎日てんてこ舞いなんだ。治るまででいいから、代わりにやってくれないかい?
仕入れた物と使った物、それと備品のチェックをしてもらいたいんだ。食事付の寝床と一日銀貨一枚。悪い話じゃないだろう? 慣れてきたらもう少し銀貨を増やしてあげるよ」
「わたしでいいんですか? それって大事な仕事なんでしょう?」
首をかしげて、おかみさんを見つめる。
「ふふ、そう言うあんただからかもね。真っすぐないい面構えしているよ。ターフ爺が、あんたをここへ連れてくるわけだ。爺の目はまだ曇ってないからね」
「ありがとうございます! よろしくお願いします」
わたしは、おかみさんの提案を受け入れて、ここで働くことになったのだった。




