炭焼きの老人
何度か声をかけたとき、老人がうめいた。
もう一度声をかける。
「大丈夫ですか?」
老人は目を開けると、いぶかし気にわたしを見た。
それから身体を起こし、大あくびをした。
「ああ、よく寝た!」
「えっ――」
「お嬢ちゃんが起こしてくれたのかい? ありがとうよ。ああ、お天道さまもすっかり昇ってしもうた。寝過ぎたわい。早う行かねえと、てえ変だ」
「あの、具合が悪かったのでは?」
「いんや。もう何日も寝ずの番で炭を焼いてたからの。炭を運ぶ途中に、ここで一休みしたら寝てしもうたらしい」
わたしはちょっとあきれたが、まあ、なんともなくて良かった。ほっと胸をなでおろす。
老人は煤で汚れた顔を、炭で黒くなった両手で擦った。そして首に巻いていた煤けた布を外し、顔と手を拭う。
彼は、にかっと笑った。
「町に行くのにさ、少しはきれいにしとかねえと、嫌われちまうからな」
そう言った老人の顔は、あまりきれいになったとは、お世辞にも言えなかった。
「お嬢ちゃんは、町へ行くのかい?」
彼は腰に着けていた皮袋から小さな瓶を取り出して、ゴクゴクと飲んだ。
どうやら水らしい。
わたしがじっと見ていたので、瓶をわたしの方に差し出した。
「飲むかい?」
わたしは、首を勢いよく左右に振った。
老人は肩をちょっとすくめて、瓶をしまった。
「さて、行くかな」
よろよろと立ち上がり、炭を入れた背負い籠を取ろうとしたので、思わずわたしは声をかけた。
「お爺さん、わたしが町まで持って行ってあげる」
炭の詰まった背負い籠を、わたしはさっと取り上げると、老人が口を開く前に背負った。
あっけにとられて見ている老人に、笑顔を向けた。
「安心して。盗んだりしないわ。ちゃんと町までお爺さんと歩いて行くから」
「そ、そりゃあ、ありがてえが、おまえさん、大丈夫なのかい、こんなに細っこいのにさ」
老人は、背負い籠を背負ったわたしを上から下まで眺めた。
「ふふ、こう見えても、わたしは力持ちなの。さあ。行きましょうか」
わたしは老人をうながして歩き出した。
途中心配そうに老人は、何度もわたしを見ては、交替しようと言う。その度に、わたしは、平気、平気と返事した。
それは、ほんとうだった。魔力の実の効果はまだ残っているらしい。かなりずっしり入っている炭の重さを、ほとんど感じなかったのだ。
わたしの歩みが、遅くもならず、軽々と歩いているのを見て、老人は驚きながら、もう代わるとは言わなくなった。
わたしは、歩きながら、これから行く町のことを老人に聞いたのだった。
「この先の町は、アラクスってんだ。なに、お嬢ちゃん、知らなかったのかい? え、道に迷ってここまで来たって? それで、ようここまで来られたなあ。途中の峠には、たまに山賊が出るんだぜ。運がいい」
「炭を運んでるってことは、鉱山町なのでしょ?」
「ああ、そうじゃ。ありがたいことに、いくらでも炭を買ってもらえるでな」
「安全な宿屋ってあるかしら? あまり高くなくて」
「宿屋か・・・変なとこに泊まるとえらい目に合うからの、気いつけたほうがええな。おお、そうじゃ、今日の炭の届け先に宿屋があったな。うん、あそこはおかみさんがしっかりしとるから、大丈夫じゃろ。一緒に行くかな?」
「行きたいわ。よろしくね。お爺さんは、炭は町のお店に売ってるの?」
「ああ、そうじゃよ。昔からのお得意さんにな。精錬所には、大きな炭焼き連中がいるでな、わしは、もう年じゃし、ほそぼそとやっとるよ」
「じゃあ、炭を焼くのもお爺さん一人で?」
「そうじゃ。いや、一人弟子にしたのがおるが、まだ小さいのじゃ。それが育つまでは頑張らんとな」
「そうなのね、楽しみじゃない? 一人前になるのを見るのは」
「まあ、な、親を亡くした孤児を引き取ったんじゃよ。利口なやつでな――」
老人は嬉しそうに話した。
「いつか、炭を焼くのを見に行っていい?」
「ああ、いいともよ。あいつも励みになるじゃろうし。ターフ爺の炭焼き場に来たいときは、これから行く宿屋のおかみさんに言えば、迎えに行くでよ」
「ありがとう! ターフ爺さんね?」
「ああ、わしはターフじゃ」
「わたしは、ル…ルリよ」
やっぱり本名はやめておくことにした。いつ追手が来るかもしれない。
「ルリか。ありがとうよ、そろそろ町に着くぞ。そうじゃな、運んでもろうたお礼に、先に宿屋へ行こうかの」
ターフ爺さんは、町の門をくぐると、繁華街を抜け山の手にある石造りの建物に、わたしを案内してくれたのだった。




