解呪
アジューが出て行った後、わたしは坑道の中を調べて、身体を休める場所を探した。
坑道の中ほどの岩壁に、少し掘り込まれた窪みを見つけた。足元の岩盤も平らに削ってある。おそらく当時の鉱夫たちの休憩場所か、道具置き場に使っていたのかもしれない。
わたしは収納バッグから、小さな毛布を取り出して下に敷くと、ごろんと横になった。
手足を伸ばす。大の字に伸ばしてもまだ少し余裕のある広さだ。それだけでも、ちょっとうれしい。
しばらく目を閉じて身体を休める。
少し寝ようかと思ったが、眠れそうにない。
追跡魔法を解除するための、解呪の方法を調べなくては。
わたしは身体を起こして、収納バッグから、魔法学院で手に入れた希少な特殊高等魔術の本を取り出した。
これは、魔法学院の卒業パーティの余興で参加した、宝探しゲームで見つけたお宝だった。
わたしは、八歳で父の所属する魔法学院に入学し、そこに十五歳になるまでいたのだ。
魔法学院といっても、王立ではなく、私立の魔法師を養成する学院で、大魔法師と呼ばれていたわたしの曾祖父が、一緒に国のために戦った魔法師たちを集めて創立した。
プレシア国内でも、指折りの魔法学院で、倍率も高く難関の学院として今では有名になっている。
曾祖父の生きていた時代は、他国との諍いや、人の領域を侵す魔物たちが引きも切らなかったらしい。
そういう敵に対応できる魔法師の育成は必要なのだと、父が話してくれたことがある。
今は聖魔女が、かつての英雄たちの創り出した平和を保つ力になっているということも。
だけど……なにも、それはわたしでなくてもいいはずだわ。なりたい人はたくさんいるし、聖魔女候補たちは十分に魔力ある者たちなのだもの。
わたしは、ふと聖魔女の選考試験で一緒だった少女たちを思い出した。
みんな鮮やかな魔法の使い手だった。
赤毛の子も力ある魔法だったけど、もう一人の大人しい子は、息を呑むほど美しい魔法を展開していたわ。
あれを見たら、わたしはべつに必要ないなと思ったの。
それに、一番気に入らないのは、王子様と自動的に婚約が決まることよね。なぜ、結婚しなくてはいけないのかしら。神殿で巫女として国を守ればいいんじゃないの。
わたしは、そのことを思い出して、またムカついてきた。
気持ちをおさめるために、大きく息を吐いた。
あ、でも待って、なぜこんなにムカつくのかしら。
王子様が悪いわけじゃないわ。
そういう制度と、そうよ、あれ、あいつが…アルスタル伯父様が、わたしを聖魔女候補に推薦したことが、わたしは嫌だったのだーー
わたしは、はっとした。本当の憤りの原因が見えてきた。
それに家族のみんなが同調して、わたしの気持ちも考えてくれず、あれよというまに選考会場に連れて行かれたのだもの。
わたしは収納バッグから、取っ手付きの小さな壺を取り出してふたを開けた。匂いを嗅ぐ。これもまだ大丈夫そう。家を飛び出した時、入れておいた水だった。
一口飲んでみる。うん、まあ、なんとか飲める。
二口、三口飲むと気持ちも落ち着いてきた。
また大きく息を吐くと、ふたを閉めて、バッグに戻した。
それから、さっき取り出していた本を開く。
魔法の灯かりを浮かせて、文字をたどっていくが、なかなか頭に入らない。思い出ばかりが浮かんでくる。記憶をなくしていた後遺症だろうか。
父の学院は一応、中等魔法までだ。高等魔法を学ぶには、王都にある王立の魔法学院へ行かねばならない。しかし、残って高等魔術を学ぶ者たちもかなりいた。こちらは公の資格としては認められていなかったけど。
魔法師が、この国で生きていくためには、たいていは中等魔法くらいで事足りる。
だが、王族や高位貴族のもとで働くには、やはり高等魔術は必要だった。
わたしは、五年で卒業して、そのあとは学院に残り、高等魔術をニ年学んだ。そのまま学院で魔法学を研究するつもりだった。
それが――あのとき――
屋敷で母の誕生パーティが開かれる日だった。
その日、なぜかいつもより早くアルスタル伯父様がやってきたの。偶然だったのよね。
わたしは、誕生会まで時間があったので、裏庭の池のそばに置かれたベンチに座っていたのよ。もちろん、ただぼうっと座ってただけじゃないわ。
わたしは、池に放している魚を狙いに来る、鷺除けの結界を貼ろうと、あれこれ試していたところだったのよ。
何度か失敗したのだけど、ようやく、池に合う結界ができたとき、伯父がそばにやってきたわ。
「ルナーリア、おまえ・・・何をした?」
「えっ? この池に鷺除けの結界をかけていただけだけど――」
わたしは、わけがわからず、伯父の顔を見つめた。
「ちょっと来なさい」
伯父はわたしを屋敷の中へ否応なく引っ張っていった。




