夕月の目
ガシッという音ともに結晶が一塊、根元から切り離されたのを感じた。その勢いで、あたりに結晶の破片が飛び散った。
そのとき、何かが唸るのを聴いた。
ぎょっとして、あたりを見回す。
しかし、何も特に変わった様子はない。
わたしは、不思議に思いながらも、切り離された結晶の塊を収納バッグに入れた。
短剣も昔おじさんがしていたように、炎で焼いて鞘に納めた。そしてこれも収納バッグに入れる。
さあ、もう少し広い場所に移動しよう。ここでは、狭すぎて何もできない。
わたしは足元に置いていたふわふわの塊を掴み上げると、小脇に挟んで、来たときと同じように、岩壁に沿って穴の入口をめざした。
穴から出て、坑道の少しでも広い空間はないかと探して歩いた。腰を落ち着ける場所が欲しい。
すると、また唸り声がした。
灯りの炎を強くして、あたりを見回すが、なんの異常もない。
と、小脇に抱えていたふわふわの塊が、ぴくっと動いた。はっとして脇から取り出し、目の前に掲げてみる。
色は薄い紺青になっていた。それがぴくぴくしている。微かに唸り声もする。
いったい何なの! これは?
わたしは思わず、ふわふわを取り落としそうになったが、ぐっとこらえて、ぎゅっと抱きしめた。
――苦しい! きっつぅ!―
わたしの頭の中に声がした。
えっ、なに? なんなの?
驚いたわたしは、思わずふわふわを離してまった。
ぽろっと落ちたかに見えたが、ふわふわは、くるりと一回転して着地すると、見るまに形を変えた。
まるで薄い紺色の羊?!みたいだ。いや、ちがう。小さな馬だ。でも普通の馬でないことは、すぐに分かった。額に白く輝くこぶのようなものが見える。よく見ると、背に折りたたんだ羽根が生えていた。
もしかしてペガサス⁈ そうに違いなかった。小さな紺青色のペガサスだ!
――やれやれ、苦しかった、さっきは、石の破片があたるし、まいったよ――
その声はわたしの頭の中にはっきり聞こえた。心話だわ!
それは、人ならぬ者たちや、魔力のある者たち同志で通信したりするという会話だ。
これまで、心話については理解していた。
しかし、人以外から受け取ったのは初めてだったのだ。
小さなペガサスは、それまで閉じていた目を開けた。
そこには、夕月の目があった。
大きなアーモンド形の薄青い目の中に、三日月の形をした金色の瞳が――それは、真っすぐわたしを見つめた。
わたしは、その視線をしっかり受け止めた。
よく見るとまだ子どもらしかった。羽根をばさばさと動かしている。なかなか可愛い。
人を乗せるにはまだ小さすぎる。わたしの肩幅くらいだ。これから大きくなるのだろうか? それともこのまま?
一通り身体を動かして満足したのか、わたしの足元にすり寄ってきた。
わたしは、少しどきどきしながら腰を落として、この不思議な生き物にそっと触れ、撫でた。
「あらためて、初めまして。わたしはルナーリアよ。あなたは名前はあるの?」
――ボクに名前を付けて。そうすれば、ボクはきみと契約が結ばれるんだ。きみの助けになるペガサスになるよ――
「そうなの? じゃあ、何がいいかしらね、うーん、そうだわ、アジューなんてどう?」
――いいよ。決めるのはきみだから。だけど、いい響きだ、気に入ったよ。これで契約成立だよ、ルナーリア――
アジューは、ピョン、ピョン跳ねてくるりと一回りした。
少しは広い空間だとは言っても、狭い坑道の中だ。
わたしはアジューを外で思いっきり走らせてやりたいと思った。
「外に出たい?」
アジューに聞いてみた。
――うん、出たい――
「だよね、わたしはまだ出られないけど、あなたは出してあげる。ちゃんと、戻って来られる?」
――戻ってくるよ。契約主からは離れられないんだ。安心して――
「そっか、わかった。じゃあ行こう」
わたしは、アジューを岩山の入口まで連れて行き、外へとうながした。
アジュ―は眩しげに、明るい外をしばらく見ていたが、やがて翼を一振るいすると、ふわりと浮き上がって、あっという間に空の小さな鳥くらいの大きさになって見えなくなった。




