吟遊詩人の詩 ーライラの田舎町にてー
※本作はたまにこのような「詩人パート」があります。
詩人の唄は「未来の唄」です。
エレス大陸。
北方は雪深い山脈、西南には灼熱の砂漠、他方を遥か海に囲まれたこの地に足を踏み入れるものは少ない。
しかしこの大陸に生まれた者たちは厳しい自然、豊かな実り、そして美しく移り変わる四季に彩られた故郷を『神の箱庭』と呼び、愛した。
大陸の中心部から南東部を治めるライラ自治共和国。
その首都から遠く離れた無もない小さな田舎町で、ある者は家族が待つ自宅へ、ある者は夜の酒場へ繰り出そうという頃、その吟遊詩人は町の中央にある小さな広場に腰を下ろした。
「見ない顔だ。旅の方かね?」
「そうだよ。さっきこの町についたところさ。一稼ぎして晩飯にありつくにはいい頃合いだね」
不思議な青年だった。
凡そ旅に向かないひょろ長い身体に質素だが汚れ一つない服。
リュートを背負った姿は夕日を浴びて輝いて見える。
人懐っこい雰囲気と笑顔を浮かべながら、話を続けた。
「お爺さん、ここらに陽気でちょっぴり小銭を持ってる人が集まる場所はないかな?」
「こんなところに銭を持っている奴などいるものか。じゃが、すぐそこに宿付の酒場がある。あんたには丁度いいだろうよ」
「そりゃいい!ありがと、お爺さん」
そう言うと青年は手を大きく振りながら走り去っていった。
◇ ◇ ◇
酒場の扉は開けっ放し。外まで喧騒が漏れ出していた。
さして広くもない店内には、いくつもの木製のテーブルが所狭しと並び、こんもりと盛られた料理や大きな酒杯が置かれている。
焼いたパンや肉の香りが立ち込め、客は思い思いに酒をあおりながら赤ら顔で談笑していた。
「やぁ。いい夜だね!」
「いらっしゃい。ご注文は?」
「いやー、どれも美味しそうなんだけどね。お金がなくてさ。稼がせてもらっていい?」
カウンターに腰かけた青年は、背中のリュートをポンポンと叩きながら奥から出てきた店員に声をかける。
「こんな田舎に吟遊詩人とは珍しいね。まぁ、客に嫌がられなけりゃ構わないよ」
「ありがと。後で僕も食べるから料理残しておいてよ!」
椅子を少しカウンターから離し、店の中央を向いて座る。
そして青年はリュートをかき鳴らした。『銀髪の戦姫』という定番の詩だ。
建国の英雄に付き従ったとされる美しい女剣士の激しい戦いと悲哀を謳ったものだ。
最初の一音が響いた瞬間、近くのテーブルの客が顔を上げた。
二音、三音と重なるにつれ、隣のテーブルへ、その隣へと静寂が伝わっていく。
謳い終わると同時に、どこからともなく手が叩かれ、やがてそれは店中に広がった。
「もう一曲!」
「うまいもんだ、兄ちゃん!」
飛んできた小銭をひょいと受け取り、青年は人懐っこく笑った。
「じゃあもう一曲。今度は陽気なやつ!」
リュートが弾んだ音に変わる。
『あわてんぼうの大商人』
慌て者の商人が金貨を川に落としたり、馬を売り忘れたりと失敗を重ねながらも最後は大儲けするという、大陸の者なら誰もが知っている陽気な詩だ。
客たちはすぐに手拍子を始め、サビの部分では声を揃えて歌い出す。
店内はすっかり宴の様相を呈していた。
謳い終えると惜しむ声と共にまた小銭が飛んでくる。
「もう一曲!」
「もっとやれっ!」
「酒を奢るぞ!」
青年は受け取った小銭を手の平に乗せ、ひとつひとつ数えた。
晩飯と一泊分。十分だ。
「みなさん、ありがとう!じゃあ、最後はまだ誰も聞いたことが無い詩だよ。聞いてね」
リュートの音が変わった。
先ほどまでの弾むような音色とは打って変わって、低く、静かに、どこか遠い場所から聞こえてくるような旋律が店内に満ちていく。
『古き血を引く者が家路を捨て、南へと馬を向ける夜
従うは白銀の剣と皮肉げな口元の若武者
穏やかなる日々は終わりを告げる
錨を巻き上げ帆を揚げよ
風よ、炎よ、巻き起これ
全てを飲み込め
大地を赤く染め上げよ
灰の中に眠る竜、その目覚めの時まで
誰も知らぬ里で牙を研げ……』
手拍子も掛け声もなかった。
酒杯を傾ける者もなく、談笑も途切れ、気づけば店内は水を打ったように静まり返っていた。
最後の音が消えると、しばらく誰も口を開かなかった。
やがて、隅のテーブルから野太い声が上がった。
「……そんな奴が、本当にいるのか?」
青年はリュートを背に戻しながら、いつもの人懐っこい笑みを浮かべた。
「さぁ。でも、みんなの耳にもいつか届くかもね」
それだけ言うと、青年はカウンターに積まれた大盛の皿と大杯を抱え、軽い足取りで二階の宿へと消えていった。




