第21話
ジェイシス帝国による敵情視察という名の『挨拶』が終わり、主将アーレン・スタンフォード卿が本格的な戦を仕掛けてきた。
ジェイシス側の本陣に残る兵は全体のわずか三割。ラザールの斥候が掴んだその情報が示す通り、大国ジェイシスは早くもその手で戦を決めにかかってきていた。
レティシア率いるライラ軍の側面部隊には、ウォーレンの率いる四千の戦士団が容赦なく襲いかかっていた。
敵の構成に騎馬がいないことを確認するや、ライラの大盾班は少し下がった位置へと陣を移していた。
最前線の白兵戦からは一歩退き、激戦を戦う戦士団が一時的に息を整えるための『休憩場所』として機能させている。
その最前線で、レティシアは先頭に立ち、自慢の三つ刃の戦斧をただ思うままに振り回していた。
「おらおらーっ! どんどんかかってきな!」
彼女が血飛沫の中で先頭に立ち続けること。
それこそがライラ兵にとって最高の鼓舞であり、ジェイシス軍にとっては最悪の恐怖となっていた。
「女傑殿! お待たせしたっ!」
割れんばかりの怒号と共に、二本の剣を携えたウォーレンが再度レティシアの前に立ちふさがった。
「来やがったな。馬はどうしたよ?」
今度は、互いに地に足をつけた歩兵同士。
乱戦の只中、二人は至近距離で見つめ合い、一拍、深く呼吸を整えた。次の瞬間、猛獣のような叫びと共に、戦場に二つの閃光が走る。
「おぉーっ!」
「うっりゃーっ!」
臂力と武器の破壊力で己を上回るレティシアの一撃。
ウォーレンはそれを巧みな二本の剣の軌道で受け流し、同時に電光石火の鋭い一撃を突き返す。
レティシアは野生的な直感でそれを避けはするものの、鋭い刃は確実に彼女の身体の傷を増やしていった。
(これは……俺の剣が折れるのが先か、この女が力尽きるのが先か。なんと……痛快……!)
ウォーレンは、一合まみえる度に、己の魂が歓喜に高揚していくのを感じていた。
(ははっ。騎士にもこんなヤツがいるのか、たまんねーなっ!)
それはレティシアも同じだった。
二人は命のやり取りをしているはずの戦場で、まるで子供のように無邪気に、互いの命を削り合っていた。
「「はぁぁーっ!」」
激しい金属音と、一瞬の火花。
ついに受け流しきれなくなったウォーレンが、二本の剣を交差させ、真っ向から三つ刃の戦斧を受け止めた。
レティシアは双剣ごとへし折らんばかりに、さらに戦斧へ体重を乗せて力を込める。だが、ウォーレンも一歩も引きはしない。二人は絶妙な力加減で拮抗し、完全にその動きを止めていた。
「レティシアを守れ!」
「ビーン卿の援護を!」
膠着した二人を見て、周りの兵たちがそれぞれの主を助けようと戦いに割って入ろうとした。
「お前ら、邪魔だ! 来るんじゃねーっ!」
「引け! この女は俺の獲物だ!」
二人は同時に後方へ飛びのくと、介入しようとした味方の兵たちを制し、怒鳴りつけた。
「女傑殿。ここは一騎打ちで勝負せんか?」
「同感だね」
二人は互いに兵を下げさせ、静まり返る軍勢の間の空間へと進み出た。
「あんた、名は? あたしゃレティシア」
「ウォーレンだ。ライラにこれほどの武人が居るとは思わなかったよ」
互いにじりじりと間合いを測りながら、一歩、また一歩と歩み寄る。
「あぁ、うちの大将がね。あたしをここまで引き上げてくれたのさ」
「ロートシルト、か。やはり一目お会いしたいものだ」
「首だけなら会わせてやるよ」
「切り倒して会いに行くさ」
──っ!
一撃必殺の剛腕を振るうレティシア。
巧みな技と鋭い剣撃を繰り出すウォーレン。
両軍の兵たちは、もはや手を出せる次元ではないその死闘を、息を呑んで見守るしかなかった。
◇ ◇ ◇
その熾烈な一騎打ちから、少し離れた戦区。
クライブ率いるライラの遊撃騎馬隊は、レティシアの側面守備隊の戦闘開始を確認し、すぐさまその援護に向かおうとしていた。
だが、その行く手を、ヴェルナーが率いる二千のジェイシス重装騎士団に完全に阻まれる。
激しい乱戦の最中。クライブとヴェルナー、そしてその傍らに控えるアイザックは、刃の届く距離で互いの顔を視界に捉えた。
「クライブ?! お前、なぜここに……!」
ヴェルナーの目が驚愕に見開かれる。
「ヴェルナーか! 親父殿も久しぶりだなっ」
クライブは苦笑いを浮かべながら応じた。
「貴様……無事だったのか! ガルシア様はどうした!?」
胸ぐらを掴まんばかりの勢いで問い詰めるアイザック。周りでは、依然としてライラの騎馬隊とジェイシスの騎士団の激しい戦闘が続いている。
しかし、この三人だけは、互いを強く警戒しながらも、時が止まったかのように言葉を交わしていた。
(まずい。このままじゃラザールの突撃隊が戻ってくる。その前に、何としてでも、ヴェルナーと親父殿だけはここから引かせなきゃいけない)
クライブは、義兄と父親の剣を軽く受け流し、火花を散らす。命を奪い合うような真似はしなかった。
「ガルシアな……。ヴェルナー、親父殿。お前ら、ロートシルトの名を聞いてここまで来たんだろう?」
クライブは、切なげに、しかし残酷な真実を口にした。
「その、お前たちが必死に追っている『ロートシルト』ってのが……ガルシアだ」
「な……っ?」
ヴェルナーとアイザックの顔から、一瞬にして血の気が引いた。
「何を馬鹿な」
「言ったろう? あれは本当にガルシアかって。ガルシアじゃねーんだ。ロートシルトなんだよ。だから俺もここにいる!」
ヴェルナーは混乱する思考を一旦投げ捨て、の腕に一層力が込め、クライブに襲いかかる。
「ジェイシス帝国の騎士がロートシルトを騙る者に付く気か!」
「ジェイシスの騎士ってのはロートシルトの騎士だろうがっ!」
一呼吸置き、クライブがヴェルナーに皮肉な笑みで語りかけた。
「しかも、俺はガルシアつきの従士だ。なぁ? 騎士として最高の舞台だと思わないか?」




